マザー、サン

劇場公開日:1997年9月6日

解説

母と息子、ただ二人の登場人物とシンプルな物語を通して、絵画的な構図の中に普遍的な「愛」を描いた一編。19世紀ドイツロマン主義を代表する画家、カスパー・ダヴィッド・フリードリヒの「海辺の修道士」をモチーフに、「精神の声」のアレクサンドル・ソクーロフが、精密な構図のうちに繊細なハーフトーンの映像を実現。脚本のユーリイ・アラボフ、編集のレーダ・セミョーノワはともに処女作「孤独な声」以来ソクーロフ作品には欠かせないスタッフである。撮影は「精神の声」にも参加したアレクセイ・ヒョードロフが、ビデオ作品「オリエンタル・エレジー」に続いて担当。出演は、母にガドラン・ゲイヤー、息子に「日陽はしづかに発酵し…」のアレクセイ・アナニシノフ。モスクワ国際映画祭でタルコフスキー賞、審査員特別賞、撮影賞、ロシア批評家賞を受賞したほか、ベルリン国際映画祭のパノラマ部門にも正式出品され大きな反響を呼んだ。

1997年製作/73分/ドイツ・ロシア合作
原題または英題:Mutter und Sohn
配給:パンドラ
劇場公開日:1997年9月6日

あらすじ

人里離れた海辺の森の中に住む年老いた母は、深く病み、息子に見守られながら間もなく訪れる死を待っている。自分の生涯を振り返り、かぼそい声で語る母。そのひからびた白い手を、息子の柔らかな手が包む。つましい二人の暮らし。行く夏を惜しむような陽射しの中を、抱き合いながら散歩する母と息子。二人の間を過ぎてゆく海からの風。大きな樹の幹に寄り添いながら、息子が読む遠い昔の母の手紙。窓の外に咲く小さな白い花。丘の上を蛇行する道。さいはての草原を煙をなびかせながら行く列車。蒼い海に漂う白い帆船。母は死に、しかもなお木々は変わることなく息づいていた。

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スタッフ・キャスト

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映画レビュー

4.5 現実が溶けていく・・・

2025年11月9日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

この映画は、物語というよりも夢のような幻視を体験する作品でした。お母さんと息子が最後の時間を過ごすだけの、ほとんど出来事のない映画なのですが、そこには現実と夢、意識と記憶のあわいのような世界が広がっています。

まず印象的だったのは、映像の質感です。ブルーレイで見ても、白い粒子のようなものがちらつき、細い線が時折走ります。最初はフィルムのノイズかと思いましたが、監督が油絵のような質感を求めて、わざとレンズやフィルターで歪ませていると知り、納得しました。まるで絵画の中に入り込むような感覚です。画面の歪みも意図的で、現実がゆっくりと溶けていくように見えます。

テーマとしては、やはり「神の不在」や「赦し」が根底にあるように感じました。神は姿を見せませんが、その代わりに母の存在そのものが聖像のように描かれています。つまり、神は不在ではなく、母という肉体の中に変換されている。静かな祈りのような映像でした。

監督自身が語っているように、この映画は「母と過ごした最後の時間を再構築した夢」です。現実では叶わなかった優しい別れの時間を、絵画的な世界の中で取り戻そうとした。そう思うと、あの優しい風の音や、淡く滲んだ光がいっそう切なく響きます。

観ているうちに、現実の感覚が薄れて、自分が夢を見ているのか映画を見ているのか分からなくなりました。けれど、それこそがこの作品の狙いだったのかもしれません。眠気とともに意識が漂うように、映画と自分の境界が溶けていく・・・。

静かで、深く、そしてどこか赦しのような映画でした。

評価: 88点

鑑賞方法: Blu-ray

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