ペギー・スーの結婚のレビュー・感想・評価

ペギー・スーの結婚

劇場公開日 1987年4月18日
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鯖を読みまくり ネタバレ

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総合55点 ( ストーリー:55点|キャスト:60点|演出:70点|ビジュアル:70点|音楽:70点 )

 ペギーを演じたキャサリン・ターナー、公開当時にすでに30歳を軽く超えていて高校生役は全くあどけなさがなくていくらなんでも厳しい。若さゆえに経験不足で間違った判断をしてしまうというのが全く伝わってこない。これならば逆に十代の女優を選んで現代の場面では老け化粧させたほうがいい。同級生たちも全く高校生に見えないので調べてみたら、わざわざ30代を含む老けた役者ばかり何故か大量に揃えていて、本当に実年齢が10代で違和感なく観られるのは妹役のソフィア・コッポラくらいか。
 一体何を間違えたらこれだけ大人ばかり集めて、鯖を読みまくりの高校生を描こうと配役したのだろうか疑問。これではまるで米国には若者はいないのではないかと思える。高校生活の場面がバッタ物になってしまっていた。

 古い街並みに車に音楽にはそれっぽくて良い。昔に戻って若い同級生たちと逢引を重ね楽しむのも、道徳的にはどうかというのもあるがまあいいとしよう。だが物語の展開は安直で、過去に戻った経験がどう現在に役立ったのかの関連性が薄い。結局過去の生活を楽しんだだけではないの。
 コッポラ監督は好きだが、この作品ははずれだった。彼は軽い作品を作るのはあまり向いていないのではないかと思った。

Cape God
Cape Godさん / 2017年8月20日 / PCから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:TV地上波、CS/BS/ケーブル
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堕落後に回想しても復元できまい

1986年の映画『ペギー・スーの結婚』は主人公が1960年にタイムスリップしてしまうが、将来結婚する事になる恋人と、ダンスの後の車の中で、タイムスリップする前のペギーが、男に結婚するまで性行為はしないと言っていたのに、1986年の心を隠したペギーは、男に性行為を迫ってしまったため、今度は男のほうが怒りだす。この違いが、1986年と1960年の性倫理の感覚の違いであり、1986年には性倫理は崩壊しているのだが、1960年と1986年の間に性倫理を崩壊させた時期があったからである。ところが、1960年の男が結婚前は性行為しないと言う性倫理の中でも、ディープキスまでは何とも思わずしていた。実際には1986年に創作されたフィクションなのでそれも1960年当時していなかったかどうかわからないが、思い出すのは、今井絵理子参議院の発言の『一線は超えていません』である。沖縄県と言うのはアメリカに占領されていて、沖縄の事を悪く言うと非難ごうごうとされるのはわかりきった事だが、あえて言えば、今井絵理子は1960年から1986年を超えた時代の沖縄のアメリカ人だろう。神戸市の橋本歯医者は何人なのかとてもわからなくなってしまった。両者とも美しい日本人ではないはずだが、美しい日本人なんていなくなってしまったのかも知れない。アメリカの奴隷ばかりだ。アメリカの感覚の毒がわるく思えないのは私も染められてきた。もっとさかのぼれば性教育を指導したのもアメリカだっただろうに。良くても悪くてもアメリカのいいなりで真似しているだけか。アメリカが反省を終える頃には日本は性倫理崩壊したまま死んでいるわ。

Takehiro
Takehiroさん / 2017年8月3日 / PCから投稿
  • 評価: 1.0
  • 印象:  悲しい
  • 鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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