「虚しさ 静かな怒り」プラトーン とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
虚しさ 静かな怒り
戦争だけでなく、人間・政治・社会、
そして運に翻弄される人生(オニール軍曹の運命と、キングの運命)。
すべてを描き切っている。
実体験を素にしていると、あれこれ詰め込みたくなるのに、脚本・演出・編集がうまい。
音楽はクラッシックがメイン。レクイエムの代わりか。
『弦楽のためのアダージョ』は、ベトナム戦争にU.S.A軍事介入を推し進めたケネディ大統領の葬儀の時にも使われたそうな。あえての皮肉か。
「国のために」と、身を捧げ、戦地に送り込まれた青年たち。
待ち受けていた実態。
「国のために」というが、どう国のためになるんだか。
元々、ベトナム国内の内戦だったのが、資本主義(U.S.Aや韓国・オーストラリア)と社会主義(ソ連・当時や中国)の代理戦争となったと聞いているのだが。
この映画を観る限り、己のイデオロギーを押し付けるため、U.S.Aが、一方的にベトナムに侵略しているようにしか見えない。
この映画のU.S.Aが、今のロシアに、そしてこの映画のベトナムが今のウクライナに見える。今のウクライナは、対ロシア勢力をもろくむ、欧米諸国(&日本)の代理で戦っているように見えるからなおさら…。
しかも、前線に立っている兵士たちは。生活のためとか、己たちが生まれてしまった境遇を仕方なく受け入れ駆り出されてきただけ。クリスのような志願してきたものもいるが、詐欺のようなプロパガンダに、”英雄”気取りで、操られていただけのように見える。映画の中で「政治、政治」という言葉が何回か虚しく飛び交う。監督の思い。
そして、教育・訓練されてきたはずの、頼りになるはずの軍人(中尉達)の情けなさ。軍の中の人間としての社会よりも、勝つための(生き残るためでもあるが)命令を優先する軍人(大尉達)。
そんな中で起こる数々の出来事。
エリアスの笑顔が脳から離れない。
その直後にゆがむ表情…。なんてこった。
冒頭、デフォー氏のクレジットが先なのに、シーン氏が主役?と思ったけれど、
こういうことだったのね。
しなやかな動きのエリアス。班のメンバーのことを思い、茶目っ気も見せる。そして、的確な状況分析から、常に危険な任務に先頭きって挑む。森を駆けるときの緊張にはらんだ眼差し。全身が目になっているような。豹を思わせる。
監督は、このエリアスを思いっきり魅力的に描く。
熊のようなバーンズ。決して動じない。バーンズ2等軍曹、エリアス3等軍曹とバーンズの方が上だが、役目としてはどちらも分隊長。だが、バーンズは一等軍曹のように、小隊長である中尉の補佐役としてふるまう。否、補佐でなく小隊長そのものか。尤も、あんな中尉だったら、「自分が指揮をとるわい」という気持ちは痛いほどよくわかる。命がかかっているんだもの。
悪の権化のように描かれるバーンズだが、「命がかかっている場ではありかも」というレビューも散見される。そう、嫌な面ばかりではない。そんな彼が…。
「自分自身との戦いだったんだ…」
ベトナム帰還兵は、こうでも思わないとやってられないだろうというのが、この映画を観るとよくわかる。
第1次世界大戦でも、第2次世界大戦でも、PTSDの症状を示す帰還兵はいたけれど、ベトナム戦争後に、その概念が世間に一気に広まった。
よく、第1次世界大戦・第二次世界大戦と、ベトナム戦争の違いを説明されるけれど、ああ、こんな戦いだったらわかる気がする。
兵士と民間人の違いが判らない。誰が敵か、誰に殺されるか、いつ、どこから襲われるのか。募る疑心暗鬼。言葉が通じぬ点も疑心暗鬼を煽る。
恐怖心から、最大の防衛は攻撃とばかりに、エキセントリックに行われる狂気。
仲間を殺されたことで、一気に噴出する怒り。復讐せずにおれるものかとばかりに。
”自分”が”自分”でありたいと鼓舞する果ての狂気。
さらに狂気に拍車をかける”軍法会議”。
そんな、心情の高まりがとても丁寧に綴られる。
応戦の激しさ。闇の中からの攻撃。敵もだか、味方からも。アクションシーンとしても見事だが、何より実体験に裏打ちされた場面。見ているだけなのに、追いつめられていく。
彼らは、何と、誰と、何のために、戦っているんだ…。
ただ、ただ、生きて故郷に帰るため。なりふり構わず。見て見ぬ振りも時には有効。
正直、テイラー目線で見ると、決着のつけ方はもうひとひねり欲しい。いいんかい、それで。バーンズと一緒やん。
でも、バーンズ目線で見ると、唸ってしまう。あの決着しかないであろう。バーンズの人生を、遠い目で憐れみたくなる。彼も、この戦争に従軍していなければ、どんなお父さんになっていたのだろうかと。頼りがいのある一家の長、否、その地域の長として幸せを謳歌していたのだろうなと。
エンドクレジットで、隊のメンバーが各登場人物が一人一人アップで映し出される。
監督が戦場で出会った人々をモデルにしたのだろう。
その、モデルとなった人々への敬意と愛着を示しているようで、泣きたくなった。
≪蛇足≫
U.S.A軍が撤退し、北ベトナムによる共産主義政権が樹立。言論統制等に反発したベトナム人たちが、ボートピープルとして、海外に流出。日本にもたくさんの方がいらした。U.S.Aもたくさんの方々を受け入れた。その中のお一人が、2023年アカデミーで助演男優賞受賞。スピーチで「アメリカンドリーム」と言った時、とても複雑だった。
本当に、この戦争は何だったのだろうか。
「ボートピープル」。近くに施設がありました。
そういえば、「横道世之介」でもボートピープル出ていましたね。
ベトナム戦争を(というか、戦争というものを)否応なしに考えさせる映画でした。
とみいじょんさん
バイオリンの音色 … 個人的に切ない音色の最高点です。
中でも「 弦楽のためのアダージョ 」、沁みますよね。その高校生達のお陰で、オーケストラの素晴らしさを知る事が出来ました。
とみいじょんさん
コメントへの返信を頂き有難うございます。
「 静かな怒り 」、深く静かな怒り、確かに込められていますね。
日本一を誇る高校生のオーケストラ部によるコンサートで初めて生演奏で聴いたのですが、静寂からさざなみのように震える弦楽器の音色が余りに美しく心が震える程でした。
この楽曲を聴く度にそのコンサートの情景が蘇るのてすが、名曲は様々なシーンで用いられるのでしょうね。
教えて頂き有難うございます。