「すごく変だ おかしい 何かが間違ってる。 女性の解放をミステリアスな物語で仕立てあげた哀しくも美しい映像文学。」ピクニック at ハンギング・ロック たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
すごく変だ おかしい 何かが間違ってる。 女性の解放をミステリアスな物語で仕立てあげた哀しくも美しい映像文学。
1900年のオーストラリアを舞台に、3人の少女と1人の女教師が突如として姿を消した謎の失踪事件に翻弄される人々の姿を描いたミステリー。
2022年にアカデミー名誉賞を、2024年にはヴェネツィア国際映画祭栄誉金獅子賞を受賞した、オーストラリアを代表する巨匠ピーター・ウィアーの初期の代表作。
主要人物ミランダの美貌はボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」に例えられていたが、本作の撮影は正に絵画的な美しさ。オーストラリアの雄大な自然と、その中に佇む英国的な美少女達の姿をゆったりとカメラは捉える。どこを切り取っても絵になる、情景に満ちた美的な映画である。
撮影監督のラッセル・ボイドは公開当時若干31歳。後にピーター・ウィアー監督作品『マスター・アンド・コマンダー』(2003)でアカデミー撮影賞を受賞する事になるが、本作を観れば彼の才気の凄まじさを実感出来るだろう。
原作は女流作家ジョーン・リンジーが1967年に発表した小説であり、これは豪文学の最高傑作とも称される名著である(残念ながら未読…)。
「女性の失踪」というのは文学作品にはありがち題材で、日本でも村上春樹なんかはほぼ毎作品これを扱っている。いつだったか、村上がインタビューで「人が消えるというのは特別な事ではない。会社を辞めた同僚と連絡がつかなくなるなんて日常茶飯事でしょ?」と答えていた様に記憶しているのだが、文学において「人が消える」という事は原因が超常現象であれオカルトであれ犯罪であれそれは何かのメタファーであり、明確な答えは導き出されないのが常。本作もその謎は有耶無耶に立ち消える。
スッキリするお話ではない為モヤモヤとした読後感を覚える人もいるだろうが、描かれている内容は明確。
女生徒たちは岩山の途中でヒールを、自らを厳しく律していたマクロウ先生はスカートを脱いでおり、帰還した女生徒アーマの衣服からは何故かコルセットが消えていたというのだから、これはもうこの「女達の消失」は女性解放のメタファーに他ならない。
その証拠に、作中では何度も女性がコルセットをギュウギュウに締め上げる場面が描かれている。ウェストを細く見せるためのコルセットは、優美な見た目に反してその実は拘束具さながらの矯正器具。圧迫により内臓を痛めたり呼吸困難で窒息する事もあったと聞く。
女性からしてみれば拷問でしかないこのコルセットを何の為にしていたのかと言えば、それはもう男性から魅力的に見られる為。更に言えば、彼女達が受ける学校教育も自分たちの能力を伸ばしたり社会的な地位を向上させる為ではなく、ただの花嫁修行として行われている。男性優位社会で生きざるを得ない少女たちの悲哀を、本作は華やかなルックで覆い隠しながら描いているのである。
優雅な見た目とは裏腹に水面下では必死で水を掻いている白鳥が映画内に度々登場しているのは偶然ではないだろう。
学校から追い出される事を苦にして自殺してしまったセーラ、彼女を追い詰めた事への良心の呵責から命を経った校長。優雅に見える女性社会も、その現実は地獄の様な苦界である。
岩山に登ったミランダ達は、ゴロゴロと寝そべる女生徒達を見下ろして「目的がない人がこんなにいるなんて驚きよ」と嘆く。彼女たちは明らかに現状に不満を抱いている。
だからこそ彼女たちは「消える」。いや、「消える」ではなく「抜ける」と言うのが適切か。彼女達の消失には悲壮感はなく、どこか祝祭的な雰囲気すら漂っているのだから。
そう考えると、本作とあのウィアー監督の代表作にして大傑作『トゥルーマン・ショー』(1998)はかなり似た映画であると言える。味付けが180°違うので一見しただけでは気が付かないが、どちらも「現状からの積極的な逃避」というテーマを描いた作品なのだ。
苦界から「抜け」、どこか別の世界へその身を移す。これこそがウィアー監督の作家性なのかも知れない。今後彼の作品を鑑賞する事があれば、これを念頭に置いて読み解いていきたい。
この作品が持つ危うい美しさに、「ヴィーナスの誕生」ではなくミレーの絵画「オフィーリア」を想起したのは自分だけではないだろう。オフィーリアの死は悲劇だが、絵画に描かれた彼女の表情には、悲愴さよりもむしろ安らかさが表れている様に思える。ミレーの描いたオフィーリアもまた、死ではなく何処かへ「抜けた」のかも知れないと、本作とは関係ない考えが頭を過ぎるのであった。
※4Kレストア版を鑑賞。これはオリジナル版を再編集したディレクターズカット版でもあり、元の作品に比べ10分ほど尺が短くなっている。
ディレクターズカットって大抵冗長になるものだけど、逆に短くなるとはなかなか珍しい。他には『エイリアン』(1979)くらいしか思いつかないかも。
オリジナル版は未見だが、どこが変化しているのか比較する為にも鑑賞してみたいと思う。