「愛しいものを葬る美しさ」春にして君を想う .ruさんの映画レビュー(感想・評価)
愛しいものを葬る美しさ
息を呑むほど美しい映像が続く。
まるでそこは緑に覆われた月面のような、私の知っている地球の景色ではない風景。
灰色の空、強い風、深い霧。
綿毛のような白く繊細な花が風に揺れる。
大きなスクリーンで観ればきっともっと惹きこまれただろうと思う。
写真を燃やし、年老いた犬に自ら手を下し、
終の棲家を求めて、住み慣れた土地を離れた老人。
安住の地はどこにもなく、辿り着いたのは、憧憬の彼方、生まれ育った小さな島。
愛しいものを葬り、そして自らも深い霧の中へ消えていく。
先日母が逝去した。
何も出来ない父が一人残された。
父は何も言わず一人で暮しているが、きっとさびしいのだろうし、
父自身、自分の最期について考えれば、この映画の老人のように寄る辺なさを感じているだろう。
母が介護をしていた祖母もまた老人施設へ入居した。
そこでの生活を見るたびに胸が痛む。
入居者たちが年始に書いた「今年の目標」には、早く家に帰りたい、好きなものが食べたい、自由にお金を使いたい・・・と言った言葉が並ぶ。
自由の利かない身体や言葉。だけどここではない場所での生活を望んでいる。
自分自身だってそうだ。
いまは都会で気ままに暮しているけれど、
最期にはこの老人のように行き場をなくして彷徨うかもしれない。
願うなら、生まれた土地のような深い緑に囲まれた場所で、朝の霧の中へ消え行くような最期を。
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