遙かなる帰郷のレビュー・感想・評価
全2件を表示
イタリア人のロシアでの映画なのになぜ英語なのか?
『ヴィクトール・フランクル』の『夜と霧』や『ジャージ・コジンスキー』の『The Painted Bird』で感じた印象をこの映画で持った。なにかの違和感がある。
寧ろ『The Painted Bird』を映画化した『異端の鳥』の方が、ダイレクトに心に訴える物があった。
オフ・ビートな何も起こらないウクライナの穀倉地帯。しかし、どこまでフィクションであるか?また、原作がどんなものであるか?
ウクライナに住む者は、ユダヤ系の人々を差別した歴史はある。
製作国にロシアやウクライナが参加していない点が理解出来ないし、眉唾な部分が見え隠れする。
かつて、ファシズムの本家であったイタリアへ何も拒否感を見せずに帰る、なんてあり得るのか?
また、奇跡の生還と言われるからには、生き残った事へのトラウマ見たいな物も主人公の心理の中にあったような気がする。主人公の人生の閉じ方を考慮すると、どうしても『そう』感じてしまう。
原題 La Tregua
製作年 1996年
製作国 イタリア・フランス・ドイツ・スイス合作
劇場公開日 1998年6月6日
上映時間 118分
書くことは恐ろしい特権
イタリア、トリノからアウシュビッツに収容されたプリーモレーヴィ の、収容からソ連を経由したイタリアへの帰還までの記録文学the truce 休戦が原作。
イタリアやギリシャからも収容されていたこと、
ソ連軍が連合国側として、アウシュビッツを解放し途中紆余曲折ひどい扱いもあったが、ソ連北部から列車を仕立てイタリアまで送還したこと、時間はかかったが、意外と最後までイタリアまでの送還をになったのだということにやや驚きもあり、サウルの息子などのようにあまりにも残酷で痛々しく夥しい死者などはなく、そこで起こったことは淡々と他のホロコーストの映画よりモデストな表現、長い休暇とさえ記録されるソ連での日々は辛いことも多く不安も憂鬱もあったが、人間性を人間としての尊厳を少しずつ強固にしていく旅だった。最後いよいよイタリアに向かう途中、ミュンヘン駅、ドイツ領に入った時の緊迫感。
アウシュビッツでソ連兵から衣服を支給され、皆がユダヤ人の収容服を脱ぎ捨て焼き払う中、プリーモは記録のためともう一度袖を通す。ミュンヘンで連合国側の下で線路工事わやするドイツ人労働者に、収容服とユダヤの星のワッペンを見せる、うなだれひざまづいて謝罪する屈強な労働者り
美しく文化的で豊かなトリノの自宅に戻り、なぜ理不尽に突然に、にんげんとしての豊かな生活が奪われ貧しく虐げられ一切れのパンを争うような目に遭うのかと問いかけて終わるが、まさに今も異なる時代であっても異なる場所で同じことがなされている人間の愚かさ。
アウシュビッツでは地獄の時間をすごしながら、小さな出会いや、短い瞬間の感情の動き、忘れてはならない記憶などがこの生きて帰還された人々の支えになっていただろうことがさまざまなシーンで思い知らされた。
全2件を表示