「小さな変化や忘れてしまった感情に触れる表現が素晴らしい。」野いちご すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
小さな変化や忘れてしまった感情に触れる表現が素晴らしい。
◯作品全体
老い先短い主人公・イサクが夢の中で後悔や「孤独という罪」に向き合うことで、少しだけ生き方を変える物語。
夢の中の表現は幻想的な要素もあったが、そこからイサクが理解する事柄は地に足が付いていて共感できた。後悔や妻への想い、そしてこれから過ごす孤独な世界への恐怖。年老いて忘れてしまっていたり鈍感になっていた感情と向き合うような夢の世界は、歳を重ねて頑固になってしまった感情に揺さぶりをかける。ガラッと世界を変えるわけではないが、確実に昨日のイサクとは価値観が変わっている。その小さな変化がイサクにとってはどれだけ大きなことだろう。
自分自身の過去を振り返ってみても納得できるものがある。劇的なドラマチックは存在しなくても、小さく意識を変えたり、世界が変わった瞬間は宝物のように残っている。そういった周りからすれば小さなことでも、自分自身にとっては大事だった一瞬を思い出させてくれるような、そんな作品だった。
ラストシーンではイサクにとって心地の良かった幼少期の景色を夢に見る。夢の世界は決して自分を傷つけるために存在しているわけではない、としているところも、とても良かった。
この作品にはイサクにとって明確な悪というものが存在しない。途中から相乗りする仲の悪い夫婦も、危害を加えるだけの存在ではなく、イサクにとっての「夫婦とは」ということを見つめ直すキッカケとなっていた。
3人の若者も、イサクにとっては人と関わり続けることの喜びを再び感じさせてくれる存在として登場する。
夢の中の出来事は偶然見たものではなく、旅で出会った人物たちを通して、イサクの無意識化にある忘れてしまった感情たちが呼び起こされたからかもしれない。
大きな出来事は起きないけれど、だからこそ忘れてしまっていたり、自分自身でも触れづらい記憶や感情に優しく触れることができる。本作はそういった記憶や感情へ触れる表現が素晴らしかった。
〇カメラワークとか
・最初の夢の景色の不気味な表現が面白かった。横位置のカットとか、謎の男が振り向いたときのびっくり演出とか。意図的かはわからないけれど、白飛びしたような画面に暗闇を映す演出とも違う怖さがあった。
・宿についた時の廊下のカットはキューブリック感があった。
〇その他
・孤独という罪を宣告される夢のシーンは、すごくリアルな感じがした。自分のできることができなかったり、知っていることが言えなかったり。夢の中だと歩けなかったり運転できない…みたいな感じが絶妙に表現されてた。
・若者3人組が宿の庭から別れを告げるシーンはちょっとウルっときた。孤独におびえている時に人間として好いてくれている人がまだいるって思えるのは、イサクにとってどれだけ救いになったんだろう。
・過去の回想や夢を挟むけど、一日だけの物語だった。短い時間の中でいろいろな出来事を経験するのも、夢の中っぽくある。