「広い視野での資本主義批判」殺人狂時代 にゃあごろさんの映画レビュー(感想・評価)
広い視野での資本主義批判
「人生を捨てることよ」 「誰でもいつか捨てる」
「自ら捨てることはないわ」
「あなたの運命に従うことよ」「私の運命か...」
言い回しで妙でしたが、完全に理解するには経験が足らない、もしくは欠けてるのが私の現状だと思いました。
「自ら(頭の)使い方を考える他ない」
人からお金を奪うという手段は、ただ淡々と他人のお金を数える銀行員だったからこその発想かもしれない。日々、右から左に莫大な数の紙幣が流れるのを眼にしながら、突然文無しになった時の喪失感は他の職種の人が感じるそれよりも大きいのかもしれない。まるで夢の世界だと。
恐慌で妻子を失い、戦う理由がなくなって初めて狂っていた自分に気づいた。久しく得られなかった親切心、愛に触れたのが契機となった。自らの運命を受け入れるタイミングがなんとも皮肉で、名刺を破り捨てる表情の変化が素晴らしかった。(しかし、ああした状況で敢えて堂々として居座ると見つからないのは意外とありそう。周りに溶け込み気付かれないというコメディ的要素がシリアスな場面で使われた効果的な一面だった。何とも言えない神妙さがある。犯人に抱き抱えられた奥さん、怖かったろうな。新しい発見だ。)
288+
ある日突然職を失い、不安と恐怖に狩られる失意の日々となった。小さな毛虫にも愛を注ぐ彼が夫人殺しを事業のプロセスとして割り切り、なお戦争や経済における殺しと自らの殺しを根本的に異なるものではないと納得できてしまう(劇中も殺しにおける罪悪感をそれほど感じていないであろう、際立って悲観的な描写は見られなかった)点において彼は狂人となってしまった。が、同時に時代も狂っていた。当時の多数の人間の行いが同じく殺人をしているという点に反論できる者はいなかっただろう。大量殺人は世界が奨励していると。何も知らない女性や子供を科学的に(つまり合理的に)殺していると。誰だって加害者になり得たのだ。
「私はまた皆さんに会う、すぐに、、ほんとにすぐ」
ここで彼の存在が何を象徴するのか。あまりに普遍的でぞっとした。
何事にも成功するには組織が大切です。
善悪について、どっちが多くても駄目だ。その上、善を十分持ったことがないんです。
こんな罪悪の時代に誰も手本にはなれない。(世界を一括りに見ている。)
大事業の歴史 数の論理 戦争と闘い
究極の運命など誰が知っているのですか。運命はただ受け入れるのみ。
ラム酒を片手に顔に日が照り、深く深呼吸。
殺しという罪に対する罰を受けるべく、門をくぐる。
そこでthe endとなる。未来への含みを持った閉幕な気がした。