「【”大地震を”神の行い”として受け入れ、生き残った事を喜び、神に与えられた人生を歩むイランの貧しい村の人々の姿を描く作品。”乾性”と”湿性”の違いについても考えさせられる映画でもある。】」そして人生はつづく NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【”大地震を”神の行い”として受け入れ、生き残った事を喜び、神に与えられた人生を歩むイランの貧しい村の人々の姿を描く作品。”乾性”と”湿性”の違いについても考えさせられる映画でもある。】
ー 冒頭、アッバス・キアロスタミ監督役の男性と幼い息子が、小さな車を走らせている。1990年にイラン北部で起きた大地震により、泥と日干し煉瓦で出来た町は壊滅状態らしい。
劇中の会話の中で、監督は自作「友達のうちはどこ?」で舞台にしたイラン山岳地帯の寒村、コケルとポシェテに向かっている事が分かる。
そして、監督が一番気にかけているのは、友達にノートを返すために劇中走り回っていた「友達のうちはどこ?」で主演した”走れメロス”少年の安否を特に気にしている事も分かってくる。ー
■感想<Caution 内容に触れています。>
1.アッバス・キアロスタミ監督の作風ではないかと思っている、人間の善性を”乾性”トーンで描く作風。
多くの邦画が”湿性”トーンで描かれる違いを、この半ドキュメンタリータッチの映画でも感じるのである。
ー 気候の違いから来るのであろうか。宗教感の違いなのであろうか。ー
2.特に印象的な人物(多分、ご本人)が数名出演している。
1)新婚五日目の若い男性。
”地震の翌日に結婚したんだ。親族も多数亡くなったけれど、前から決めてあったし、イロイロと五月蠅く言う長老たちも、亡くなったしね。”
ー オイオイ、日本では全体に有り得ないぞ。ー
2)ワールドカップサッカーを見るために、粗末なTVアンテナを道に立てている男性。
”親族の数名は亡くなったけれど、神に生かされたのだから、人生楽しまないと・・。”
ー 矢張り、死生観の違いかなあ。それとも、寒村だし物凄い死傷者が出た訳ではないのかな・・、等と不謹慎な事を考えてしまう。だが・・、調べたら4万人の死者、70万人の被災者という数字が。
大震災ではないか!ー
3)洗濯物をしている若い女性。
”私は、偶々生き残ったけれど、壁の傍で寝ころんでいたおじさんは、死んじゃったわ。”
3.それらの言葉を聞きながら、アッバス・キアロスタミ監督役の男性と幼い息子は、更にくねくねの山道を小さな車で登って行く。途中で、”走れメロス”少年は生きているらしいという、情報を得ながら・・。
4.途中で、重たい荷物を載せてあげたり、同じ方向に向かう少年二人(1名は、「友達のうちはどこ」にも出演していたと言っている。)を載せてあげたりしながら。
そして急坂を登れずに少年を一時的に下ろし、弾みをつけて再び急坂を登って行く小さな車を遠景から捉えるショットも印象的なラストシーン。
<アッバス・キアロスタミ監督の映画には、”くねくね山道”が矢鱈に出てくるが、あれはきっと”人生”を表しているのだろうなあ・・、と思いながら鑑賞した。
”乾性”と”湿性”の違いを考えさせられた映画でもありました。>
まさに国によって場所によって、
死生観の違う事を感じられる事が
素晴らしい事ですよね。^ ^
老人の言うこと(常識)が常に正しいとは限らず、
何も知らない子どもの言葉にも
真理は存在する、
と思わされます。
キアロスタミが子どもをフラットに描く訳は、常に常識が真実ではない、老若男女、全ての差異を超えて現実や言葉を考える事が大切、と
伝えている気がします。