「破壊と創造」戦場にかける橋 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
破壊と創造
第二次大戦中、大日本帝国の補給路としてタイとミャンマーをつなぐ泰緬鉄道は「死の鉄道」と呼ばれた。本来工期5年はかかる工事を短縮して1年の突貫工事で行ったため、そしてそれに見合う食料などの物資の補給もなされなかったために建設現場では過酷を極めた。
一日18時間という重労働、食事は酷い時には米が茶碗一杯にも満たないありさまだった。そして何よりひどかったのは捕虜たちが寝泊まりする場所には屋根さえなかった。現地は雨季に入れば長時間スコールが降りそそぐため、雨ざらしの中での生活を余儀なくされた。当然衛生面は劣悪でコレラなどの感染症にかかって次々と捕虜たちは亡くなってゆく。捕虜たちは遺体が横に転がってる中での作業を強いられた。
この工事での英連邦の捕虜や現地のアジア人労働者の犠牲者は10万人ともいわれている。つくられた鉄道の長さから換算して4メートルに一人亡くなった計算になる。「枕木一本、人一人」という言葉が残されてる通り、まさに枕木一本ごとに一人の命が失われた死の鉄道と呼ばれるゆえんである。いまでこそ観光地となってはいるが、そこはデスレイルウェイの文字で表示案内がなされ、その案内の看板には「許そう、しかし忘れない」の文字が添えられている。
周辺にはオーストラリア人捕虜犠牲者などを悼む記念館などが建てられ毎年多くの観光客が訪れている。
本作はまさにその泰緬鉄道が舞台となる戦争映画。だが前述のような悲壮感は本編からは感じられない。戦争映画とは言ってもこの頃のハリウッド映画は娯楽が最優先。あのクワイ川のマーチが勇壮に鳴り響く捕虜収容所での英国兵たちの勇ましき姿を描いた戦争娯楽大作である。戦争の悲惨さはとってつけたようなシーン以外はほぼ見受けられない。
主人公の一人である米国人シアーズは捕虜でありながら脂肪を蓄えた健康そのものの肉体。過酷な捕虜収容所の生活は感じられないし、他の捕虜たちも労働を適当にさぼったりと、どこか呑気な雰囲気。
戦争の悲惨さどころか橋の爆破任務に向かったシアーズたちは現地女性といちゃいちゃ、まるでピクニック気分。真昼間にどこから狙撃されてもおかしくない川で水浴びにまで興じる始末。
ジャングルで彼らに殺された日本軍兵士の懐から彼の母親の写真と数珠がこぼれ落ちるシーンがある。これは悲惨な戦争なんですよと伝えてるつもりらしい。
「プラトーン」をはじめとする近年のリアリズムを極めた凄惨な戦争映画から考えると少々憤りを感じてしまうほどだ。
内容的には前半は横暴な早川雪洲演じる収容所所長斉藤に対して捕虜の扱いに関する条約を守るようストライキで立ち向かう英国軍将校ニコルソンの姿が描かれる。灼熱地獄の中での独房生活に耐え続け、ついには相手を根負けさせてしまう。そんな英国人の誇り高き姿を描く。そして後半も同じく橋の建設に苦戦していた日本軍に対して施しを与えるように大英帝国の技術力を見せつけるかのように建設を主導して見事に橋を完成させる。ちなみにこれは完全な創作で実際の捕虜たちは単純労働しか行っていない。
当時の欧米の観客たちにこの内容が受けたのは想像できる。たとえ過酷な状況に追い込まれながらも英国人としての誇りを失わず、捕虜という立場に甘んじることなく反骨精神をもって日本軍に立ち向かってゆくその姿。その勇ましき姿は同じ欧米人として誇らしいものであったろう。日本兵たちはもはや彼らの引き立て役でしかなかった。
本作をテレビの洋画劇場で見たのはかなり前でほとんど内容は覚えておらず、今回配信にて見てみたけど、これは単なる欧米人たちの自己満足映画なのだろうか。
だが、本作がいまだ名作といわれるゆえんは確かにあった。それはクライマックスにかけての展開に見られた。
ニコルソンは長年軍人として生きてきた自分の人生に虚しさを感じていた。自分は人生において何かを成し遂げられたのかと。ただ破壊と殺戮を繰り返すだけの戦争というものに嫌気がさしていたのだ。だからこそ彼はこの戦場において破壊と殺戮とは真逆の創造たる橋の建設を成し遂げようとした。まるでその橋の建設によって自分の人生を意義あるものとするかのように。
もはやそこにはイギリス人将校としての彼の姿はなかった。そこにはただ自分の人生を模索する一人の男がいるだけであった。橋の建設に協力することは明らかに祖国への裏切りだ、そんな部下の意見など聞く耳も持たない。
今の彼にとってこの橋を作ることが戦争によって奪われた自分の人生を取り戻す行為としか思えなかった。そんな彼の気持ちに呼応したかのように部下たちも彼に従う。
見事に橋を完成させた時、彼は満足げだった。今まで戦いの中では決して得られることのなかった充実感が彼の心を支配していた。この橋で捕虜たちの移動も行われる。彼は人生の中で何かを成し遂げた満足感に浸っていた。
そんな時シアーズ達仲間の工作員たちによる橋の爆破作戦が迫っていた。それに気づいたニコルソンは爆破を阻止しようとする。
だが、目の前で絶命するシアーズたちの姿を見たとき彼は初めて我に返る。この時自分が初めて敵に塩を送る行為をしていたことに気づく。
まるで夢から覚めたかのように彼は否応なく現実に引き戻された。戦争という現実に。そして再び破壊と殺戮の戦場に引き戻された彼は呟く。自分はいったい何をしていたのかと。自分は戦争をしていたのではなかったか。まるで夢でも見ていたかのように戦いの中で戦いを忘れていたのだろうか。
しかし彼が我に返ったとき、それはすでに遅かった。撃たれた彼はそのまま倒れこんで爆弾のスイッチを入れてしまう。彼が建設した橋は彼自身の手で爆破されてしまうのだった。
まさに皮肉な結末。これこそが戦争だった。そこにはやはり破壊と殺戮しかない。ニコルソンは夢から覚めて現実に引き戻されたのだ。悪夢という現実に。
この一連のシーンが本作がいまだに色あせない名作と称賛されるゆえんなのだろう。確かに戦争のむなしさを見事に描いた作品だと言える。
戦場にかけられた橋、それは一瞬で破壊された。敵同士である斉藤とニコルソンたちが共に協力し合って橋を作り上げることによってお互いに友情が芽生えるかとも思われたがそんなことはけしてなかった。この橋が両国の懸け橋になることはけしてないのだ、お互いを殺し合う戦争をしている敵同士なのだから。
破壊と創造、創造と破壊。橋を作るのも人間なら橋を破壊するのも人間だった。
戦争においては人が英知を尽くして作り上げたものが一瞬で失われる、それは人の命も同じく。戦争がいかに虚しく理不尽なものであるかが描かれた娯楽大作だった。
レントさん
コメントへの返信を頂き有難うございます。
そんな時代背景故の娯楽性。
勉強になります (^^)
屈辱的なシーンもありましたが、作品全体としては、重苦しくない印象だったのは、作り手のそんな狙いもあったのですね。
レントさん
悲惨さをどう描くかで、全く印象が異なる作品となりますね。
確かに、後半の橋の建設作業シーンなどは、活気もあり、仲間同士ふざけ合っている姿も描かれてましたね。
娯楽作品の要素もありながら、反戦をも訴えかける、明るいテーマ曲も印象を強く残す作品でした。
配信されているのですか?
私はDVD(安かったですが、)を購入しました。
素晴らしいレビューですね。
過不足なく言い尽くされたレビューですね。
知らないことも沢山ありました。
戦争の虚しさ・・・何十年かけて作られたインフラを
一瞬で破壊する戦争。
そして歴史ある都市を破壊して・・・元通りにするのに
どれだけのお金と年月がかかる?
なのに戦争をやめられない。
本当に悲しくなります。