劇場公開日 1973年9月22日

「ハックマンとパチーノの演技が素晴らしいアメリカ・ニューシネマの秀作」スケアクロウ Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ハックマンとパチーノの演技が素晴らしいアメリカ・ニューシネマの秀作

2021年12月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

大国アメリカが世界一の顔を持ちながら、その自慢の社会・文化の成長を堂々と描く自信と誇りが無いのだろうか。アーサー・ペンの「俺たちに明日はない」から現れたアメリカ・ニューシネマは、その殆どが単に純粋で気楽な娯楽趣味は薄れ、切実で憐れで傷だらけの人間の姿、紛れもなくアメリカの高度成長から落ちこぼれた人たちのドラマが、アメリカ映画の特徴になって来た。映画の形として、それはラストシーンに表れている。ハッピーエンドが見当たらない。
確かに笑って終わる映画は安堵感と満足感に満たされるが、悲しい結末のラストシーンは現実的な共鳴力がある。楽しむことより自分が置かれている境遇に共感できる映画は、その孤独の慰めになるからだ。夢に憧れる非日常の映画の世界観ではなく、同じような失敗や悩みを抱えてもがく現実を見つめ直す映画経験。映画の形はより幅広いものになっている。
この映画は、そのニューシネマの良さを持った秀作であると思う。大男マックスと小柄なライアンスの友情をたった一つの救いとして、その絆の優しさを乱すことはない。ラストシーンの物足りなさを唯一の欠点としても、あてのない二人旅の物語に吸い込まれて見惚れてしまった。その微妙な関係の温もりを何時迄も観ていたいと思わせる映画の良さがある。この自然で作為の無い流れは、構成力の高い正攻法の演出では不可能であった。シークエンスを断片的につなぎ合わせたようなシャッツバーグ監督の演出タッチが、結果的に上手くいったと判断する。
主演二人の演技には、ほとほと感心した。日本映画では観られない、テクニックを感じさせない自然な演技の競演とバランスの良さ。乱暴で粗野なマックスの憎めない愛嬌と繊細な性格を表現するジーン・ハックマンの演技の味わい。5年の船乗り生活から戻り、子供会いたさに元妻に電話を掛けるライアンスの、道化で誤魔化す男の生真面目さを演じるアル・パチーノの表現力の豊かさ。どちらも素晴らしい。脚本の完成度は高くないが、この二人の名演と自然な演出タッチが噛み合ったロードムービーのニューシネマ。柔らかく温かい、そして悲しいアメリカの姿を映し出した映画。

 1976年 10月16日  高田馬場パール座

Gustav