「『赤ずきん』のように危険な森。それが現実。」処女の泉 あまおとさんの映画レビュー(感想・評価)
『赤ずきん』のように危険な森。それが現実。
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イングマール・ベルイマン監督/1960/スウェーデン
原題が『聖母マリア』の意味。邦題はいまいちだ。
容赦ない描写。カーリンが泉で浄められたと考えても、後味の悪さが残る。しかし作品の意図を考えるとそれでよいと思える。
『赤ずきんちゃん』のように、女の子を森で襲った悪党は、満腹で寝ている間に腹を割かれた。絵本が物語るように森で女の子が危険な目に会うのは珍しいことではなかったと思われる。カーリンの両親はなぜ女の子だけで行かせたのか?
それに悪党が娘の家を(偶然?)訪ねたのもストンとこない。
このような疑問を持ちつつ観るのは、ちょっと残念だった。
テーレは敵の末っ子を許さなかった。この子はすべてを見た。いずれ兄と同じことをするかもしれないし、兄たちの復讐を一族にしかける危険性もある。テーレの行動は、家族への愛情、そして家族を守る責任感ゆえだと、納得する。
周りはみんな善人ではないのが現実だし、あなた(=神)は見ているだけで何もしてくれないではないか!ならば私たちは一体どうしたらよいのですか?!…慎ましいテーレらはそこまでハッキリ言わず、「協会建てます」で終わるが、結局はそういうことなのかなと思う。
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