「観たあとに面白くなる」終電車 しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
観たあとに面白くなる
舞台はナチス占領下のパリの小劇場。主人公マリオンは、そこの看板女優。演じるは大女優カトリーヌ・ドヌーブ
年上(初老と言っていい)の夫ルカは、そこの支配人だったが、ユダヤ人ゆえ迫害を逃れて劇場の地下に隠れ住んでいる。周りには国外に逃れたことになっているため、ルカが地下に住んでいることはマリオンしか知らない。
ルカは毎日、マリオンが訪ねてくるのを楽しみにしている。妻と会えるということはもちろんだが、劇団の活動についても気がかりだからである。
いまはマリオンが支配人を務め、劇場は新作公演の準備に入っていた。新作の舞台には、新人の役者ベルナール(ジェラール・ドパルデュー)がマリオンの相手役として加わった。
支配人としての責任を背負い、終始、毅然としていたマリオン。だが終盤、役を降りて劇場を去ろうとするベルナールに対して、一瞬にしてよろめく。
この一点に、本作の頂点がある。
僕は、この瞬間まで、マリオンとベルナールが惹かれ合っていたとは気付かなかった。
でも、終わってみればいくつかの伏線に気付く。
そう、この映画は、終わってから、あれこれ考えるのが愉しいのだ。
年上の夫と、才能ある若い男とのあいだで揺れる人妻。
手当たり次第に女性に声をかけるベルナールは、マリオンにだけは言い寄らない。
地下室にナチスの調査が入ったときですら冷静だったマリオンは、ベルナールに対しては激しい感情を見せた。
地下から芝居の練習の様子を聴いていた夫はすべて察していたのだろう。夫婦の逢瀬も、マリオンがベルナールに惹かれるのも、すべて狭い劇場の中の出来事なのである。だからルカはマリオンを「残酷」だと言った。
タイトルの終電車(原題Le dernier metroも最終の地下鉄という意味)の意味ははっきりとはしない。
ナチス占領下で夜間外出制限のあったパリでは、終電車に乗り遅れると身の危険があった。
ルカの存在がバレるか、その前に戦争が終わるか、という緊張感や、マリオンの恋の焦燥感を表しているのだと思う。
戦争の時代にも、舞台と自由を愛する演劇人が活き活きと描かれていて、脇役も含めて魅力的。
脚本、演出、そして役者、どれもが素晴らしい。観る者の記憶にしっかりと刻まれるからこそ、観終わったあとに余韻にひたれるのだ。
カトリーヌ・ドヌーブの、恋に揺れる色気は匂うほどで、暗い映画館のスクリーンに映し出されるのが似合う。
チャンスがあれば映画館で観るべき傑作。