幸福(しあわせ)のレビュー・感想・評価
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妻が焚き火を消す場面から始まる。 一方、夫は木工の職人で、煙草を咥...
妻が焚き火を消す場面から始まる。
一方、夫は木工の職人で、煙草を咥えながら仕事をしたり、休憩する時もそこに集まる男達は稚拙極まりない話をしながら、作業場でたむろしてタバコを吸う。
1965年前後ってフリーSEXとか言う時代であったと思う。
かなりもてはやされたと記憶する。
つまり、アヴァンチュールとかフリーSEXを大義名分で『善』として語るが、所詮、ウマシカで軽率な男の考えって事だと言いたいのかなぁ。
ジャンヌ・モロー(?)とブリジット・バルドーの初共演を話題にするが、どちらも似たような俳優に僕は思える。この主演の男もアラン・ドロンと変わらない。
この映画の約5年後にイタリアのヴィットリオ・デ・シーカはひまわりをメロドラマとして完成させている。何か意味する所があるのだろうか?
度々登場する花もこの映画のテーマだと思った。
1964年はアルジェリアが独立。ベトナム戦争は激化。そもそもの張本人のフランスは肩みの狭い思いをしていたと記憶する。
サブリミナル?
鮮やかなひまわりを映し出すオープニング。モーツァルトの音楽によって、その幸せぶりが満面に広がる。親戚とも近所の人たちとも仲良くして、どこにも不満のない家族なのに、ついついもう一人の女に惚れてしまったフランソワ。とても器用・・・同時に別の女性を愛することができるなんて・・・
順調に二重生活を続けられるかと思っていたが、フランソワが馬鹿正直なために妻に告白する。「君が嫌ならエミリーとの関係はやめてもいい」とも言った。直後、草原で青カンした二人だったが、テレーズはどこかへ消えた・・・池に落ちて死んでしまったのだ。溺死体を抱えて嗚咽するフランソワを何度もアングルを変えて数ショット映し出す。溺れるテレーズのサブリミナル的映像は自殺なのか事故なのかをはっきり描かないけど、幸せをつかみ損なった悲しさを盛り込んであった。
沈痛な日々を過ごすフランソワだったが、再びエミリーの元へ・・・きわめて現実的というか、合理的というか、二人の子供も新しい母になつき、新しい幸せな日々を・・・
ひねりもないし、微妙な心理描写もない。ありがちな幸せな風景を美しく描いただけなのに、なぜか惹かれてしまう映画。でも、面白くない・・・
【2008年視聴】
幸福(しあわせ)とは常に刹那的。
まるで美しい絵画のような風景の中、休日のピクニックを過ごす若い夫婦と子供たち。
その姿は誰が見ても幸せそうに見えるし、実際当事者たち自身も幸せを嚙みしめてる様子だ。
この絵に描いたような幸せの光景は作品冒頭と作品ラストで同じように描かれる。それは同じ幸せそうな家族の姿だが、冒頭とラストでは全く逆の印象を受ける。これこそが本作が描きたかったことなのだろう。
まさに順風満帆、幸せな日々を過ごしていた若い夫婦。しかし、夫は出張先で愛人を作る。そのことにまったく罪悪感を感じない夫。
妻も愛人も同じように愛してる。人を愛することは罪ではない、愛することは尊いことだと。
彼には罪悪感どころかそもそも悪意がないのだ。自分の行為が人を傷つけるなどと思いもよらない。良い意味でも悪い意味でもまさに純粋無垢な性格なのである。
だからこそ彼は妻に事実を打ち明ける。そのことがいかに彼女を傷つけるか彼には思いもよらないのだ。
戸惑いながらもあなたが幸せならそれでいいと受け入れる妻。これは愛人が彼に発した言葉と同じだった。
夫は自分の行為が妻にも愛人にも受け入れられたと思い、幸せの絶頂を感じたことだろう。しかし、その後すぐに妻は溺死してしまう。
夫は妻がショックで自殺したのかもなんて思いもよらない。ただ思いがけない事故だったんだと思っただろう。そして彼にはもう一人愛する人がいた。
すぐに二人は結婚し、再び同じ幸せな家族としてピクニックの休日を楽しむ。その姿はやはり誰が見ても幸せそうに見えた。
どこにででも見られる幸せそうな家族の姿。しかし、その姿はなんとも刹那的だ。
誰が見ても幸せそうに見える理想的な家庭。よく家族間で凄惨な事件が起きた時、周りの人間が発する言葉だ。あんなに幸せそうだった家族がどうしてと。
幸せに見えた家族が一家心中、あるいは夫が家族全員を殺害したなんて事件を見るたびに思う。
そんな誰が見ても一見幸せそうに見える姿の持つ危うさ、儚さみたいなものを本作のラストを見て感じずにはいられなかった。
美しい映像がかえって幸せの危うさ、儚さをより引き立てていたように感じた。まるで「ブルーベルベット」の冒頭シーンのような。
こんな作品が私が生まれる前に作られていたことに驚く。
監督は「シェルブールの雨傘」で有名な映画監督の奥様らしいけど、フランス人の映画監督なんて浮気しまくりだろうし、当てつけで本作を撮ったのかなあ。
【今作のストーリー展開は”ジュテーム”の国、仏蘭西では、受け入れられるのであろうか。幸福の隣にある陥穽を描いたと思われる作品。】
ー アニエス・ヴァルダ監督作品は全作鑑賞した訳ではないが、今作の製作意図は何なのだろう・・・。ー
■美しく幸福感に満ちた平凡だが満ち足りた日々を幼き子供たちと過ごすフランソワと働き者の妻テレーズ。
だが、フランソワはそんな中、近くの街のエミリと恋に落ち、いつものように家族で森にピクニックに行った際に、フランソワは、テレーズにその事実を告げる。
二人は愛し合った後、テレーズは水死体で発見される。
◆感想
・今作は、1965年ベルリン国際映画祭銀熊賞、審査員特別賞を受賞しているが、邦画でこのストーリーで映画を作ったら、陰惨なモノになるであろう。
・だが、今作では浮気したフランソワを誰も責めないし、エミリもテレーズが自死した後に、直ぐフランソワと幼き子供達と暮らし始める。
<本作は、人生の奥深さと儚き幸せを描こうとしたのであろうか?
前半のフランソワとテレーズが子供達とピクニックに行った時の季節は春であり、公園の風景も花々を含めて、華やかである。
後半、テレーズの死後、フランソワとエミリが子供達とピクニックに行った時の季節は秋であり、子供達の茶系の服装も含めて、やや陰りがある気がする。
今作は”仏蘭西の恋愛観を表した作品なのかも知れないな”とも、思った作品である。>
60年代のフィルムによる鮮やかな色彩、軽やかなモーツァルトは最高だが…
『5時から7時までのクレオ』を撮ったヴァルダが幸福をテーマに何を撮っていたのか?気になっていたのだが…
う〜ん… なんとも浮世離れな話…
これがフランスの恋愛至上主義の行く末?
愛に選択などは無く、どちらかを選んで決めることなどできない?
主人公のお相手の女優二人とも良かったけど、主人公の方がイマイチ。
ジャン・ルイ・トランティニャンあたりが演じていれば、もっと複雑で味わい深くなったか?
あるいは、そういった複雑な心理描写を敢えて潔く排除したかったのか…
印象派へのオマージュのような色彩映像は本当に素晴らしかったが、妻への罪悪感が全く表情に現れて来ない主人公の淡々とした佇まいが、あまりに浮世離れし過ぎていて…
なんともポカ〜ンとした味わいのまま終わってしまう映画だった。
尚、あの夫婦は実生活でも本当の夫婦らしく、あの可愛い子供達も実際に彼らの子供らしい。
ゆえに只々フィルムで撮るだけで、あの不思議なまでに自然な真実味が現出されていたようだ。
感傷は時間の無駄なのか
映画に使用されている鮮やかな色彩がシーン毎に入れ替わり、とても上手に対比や陰陽で用いられていた。色のセンスは抜群である。
だが、ストーリーは衝撃であった。
主人公は背の高い裕福ではないが労働意欲ある健康で素直なモテ男である。
浮気、それを妻に告げ、妻が死んだら不倫相手と再婚して、また家庭を築く…なんとも妻の立場なら腹が立つけれど、死んだ妻の意思を尊重したとも思えるかな?
とにかく人生は短いのだから感傷に浸る時間は勿体ない。さっさと次にいくべし!
それにしてもファッションがクラシカルかつカラフルで素敵でした。
主人公の男優さん、とても格好良かったです。
なぜ女性が胸を出すシーンが必要なんだろうと思いましたけど、それもまた鑑賞への引き金になるからなのか、まぁいいや。
とにかく1度は見る価値がある?!作品でした。
二兎を追う者は一兎をも得ず、かと思ったのだが…
意外だった!
この作品、「大地のうた」「市民ケーン」
「奇跡の丘」「男と女」などの
そうそうたる名作だらけの年に、
キネマ旬報でなんと第3位の評価だったとは。
伴侶を、そして家族を心より愛しているのに
他の異性に惹かれることは誰にでもある
経験だ。しかし、大体の人はその相手と
必要以上に親密になることを自制することが
ほとんどだし、ましてや伴侶と愛人を
何の悩みも無いかの如く双方を100%愛せる
人間は想像出来ない。
だから、この作品の高評価に違和感を
感じながら鑑賞していた。
身勝手な理屈の結果、妻を失い、
その業から愛人も失うストーリーかと
思ったら、チャッカリ愛人を後添えにして
同じ家族ピクニックを楽しんでいた。
これが長いスパンでの話なら
あり得ないこともないかなとは思うものの、
子供達を見るとそんなに時間が経っていない
と想像する中で、
よく妻が自死した同じ設定のレジャーを
行えるなと怒りさえ覚えたので、
どうしてもこの男には
“二兎を追う者は一兎をも得ず”の罰を
与えて欲しかったが、
そんなエンディングではなかった。
妻の自死に対し彼はどう己の責任を
総括出来ているのか、
私が理解出来る範囲ではあるが
描かれているようには思えなかった。
映像的にはファッショナブルで
特異な作品なのだろうが、
だからといって内容的には、専門家の方々の
高評価は全く理解出来ない。
監督が女性で、描きたかったのが
都合のいい男性意識への皮肉だとしても、
彼の心象風景へのアプローチが
感じられなくては、それも納得出来ない。
あるいは、冒頭のシーンに酷似している
ラストシーンの4人の後ろ姿は、
この後の更なる繰り返しを予感させる、
とどめの皮肉の意味合いだったのだろうか。
もっともこの主人公、
妻と離婚する切っ掛けになった浮気相手をも
切り捨てて更に新しい恋人に走った日本の
某男性俳優よりはまだ理解が出来たが。
幸福とはなにか?をえぐりまくる映画
「ジャック・ドゥミの少年期」の後に観たので、ギャップにのけぞったし、そこが大変に良かった。
男の不倫理論が清々しいほどセルフィッシュで、いっそ爽快なほどだった。
そして、女たちが妙に従順で、男の望む型に粛々とはまっていくのも気持ちが悪く、それを女性監督であるアニエス・ヴァルダが冷静に撮っているのも最高だった。
こういうことは恒常的にあって、そこを表に詳らかにすることで、最大限の抗議と、あなた達我々はこのままで良いのか?という問いかけをしているのかもしれないなと思った。
個人的には、二回目はテキーラショットでやりながら観たい映画!
パンチ力抜群。ヴァルダの才気が存分に味わえる。ちょっと解釈が違うか...
パンチ力抜群。ヴァルダの才気が存分に味わえる。ちょっと解釈が違うかもしれないけど、アントニオーニの太陽はひとりぼっちを思わせる強烈なラストカット。ヴァルダもアントニオーニも天才。
衝撃のフランス映画
アニエス・バルダさんのアーティステック・ロードムービー「顔たち、ところどころ」を観て彼女のことを調べたら本作が載っていたので思い出した、彼女が37歳の時の作品。夫君のジャック・ドゥミは3歳年下、「シェルブールの雨傘」の監督。同時期に二人が純愛の悲劇を美しく描いた作品を撮っていることも偶然なのだろうか・・。まだ若かったので本作は衝撃的だった、夫の身勝手、それでも嘘を付けない性格まで愛していた妻が入水と言う形で身を引く、決して怒りやあてつけではないのだから凄まじい愛の幕引きだ、森の紅葉の美しさも心に残る。下世話なことも思ったのを覚えている、二股とか不倫などは裕福なプレイボーイや爺いがするものと思っていたら貧しい家具職人、フランス人の恋愛至上主義の価値観に圧倒された。そのころは自分に自信がなく恋愛を贅沢な夢だと半ばあきらめていたのだが主人公よりはましな男と背中を押された気になった。ストーリーの悲劇性と対極にある森の映像美にも惹かれVHS版も購入したがあまり見直した記憶が無い、悲しみの記憶が強かったからだろう。
儚い
恋愛は儚い。
結婚も儚い。
しあわせも儚い。
人生はもっと儚い。
一瞬自分の周りの全てが永遠だと勘違いしてしまう幸福な時。幸福は人を白痴にする。そんな恐ろしい真実を美しいフィルムで描くアニエス・ヴァルダの感性が好きです。
幸福って
はかないものだ。
誰の目から見ても幸福そうだろうと、本人は別の幸福を望んでいれば、それは幸福ではない。
真の幸福って、結婚するとか金持ちになるとかそういう表面上のことではなく、
自分の現状に心底満足していること、なのだろう。
ただ、はかないものだからこそ、無くしても、また別の幸福がやってくる。
そう見ると、この映画もそこまで残酷なものでもなくなる。
ストーリー的には、どうしようもない男の不倫劇、だけれども、むしろその展開を、色使いとか演出でビジュアル化する目的なのかなと感じる。
元妻は青、後妻は赤。象徴する色がほぼ正反対になり、しかしその両方ともが、男とそれぞれの女の「幸福」の色なのだ。
美しく怖い映画でした。
すべてが美しい。街も家も人も。
ポップな色遣いも素敵だし、ファッションもすごくかわいいしおしゃれ。
子供たちの存在も花を添えてますね。
あと結構斬新なカメラワークと編集。
あるものを交互に映し出すのって何の効果があるの?あれ綺麗かな?
あと、同じシーンを繰り返すの。
撮影隊が見えちゃってるとか、すごい手作り感あったのも珍しくて、昔の映画らしくて好き。
それと、広告やらの文面で、表現しているのが、なんとも映画的で、好き。
話は最低な夫の話でした。
最初、観客としても郵便局のお姉さんかわいいなあ。青い目素敵だなあ。
奥さん目おとりしちゃうなあ。
なんて観ていたけれど、不倫が始まってからは、まるで逆転した。
こんなにも可愛いあどけない奥さんをよく裏切れたな。ワンピースもすごく似合うし、
落ち着いたトーンで話すのも魅力的。
それに対して、郵便局のお姉さん。もう夫と寝てからは娼婦のように見えてきて、
すごく痛々しくて残念だった。
それから夫のほほ笑みとか見るだけで嫌悪感が沸いて、すごく気持ち悪く思えたな…。
「妻より先に出会っていたら君と結婚してたよ」とか本当に稀に見る最低さだな。クズだな。
そんでもってこの男、友人には自分は一途とかいうんですよ、都合いい奴だわ。
(P.T.T.の手紙だけは死ぬほど洒落てて格好よかった)
映画としてはフランスのすばらしさが一番でした。
フランスの魅力はひしひしと感じました。
なにげない会話でも、フランス語ってあんなにセクシーなんだなあ。
そんで、むしろセクシーなシーンはあんなにも美しいんだなあ。
ハリウッドでは作れない美しく、お洒落で、重みのある質感。
ラストシーン。
夫が冷たくなった妻の遺体を抱いている中で、妻が川で溺れゆくシーンが回想されるのは本当に秀逸でしたな。ことの重大さが思い知らされる。
このシーンのためだけでも観る価値のある映画。
結局この男、誰でもいいんですよ、美しくて自分を待ってくれている女なら。
だからすぐ結婚できるし、奥さん代わりにしようとする。
なんて利己的な奴だ。
そのうえ、セックスの評価するとかまじで何様だ?普通に4人で秋迎えんなよ。
こいつが死ぬときまで奥さんの事が頭にこびりつき、苦しませ続けますように、どうかお願いします。
奥さんがいなくなっても、普通に当たり前のように、続いていく日々が虚しかったですな…。
こんなに嫌な切なさに包まれる映画は初めてですよ…。
これ考えれば考えるほど、人生のブラックな面に気づいてしまう気がする。
(自分なんかいなくても、代わりはいくらでもいるし生活は回るのでは?とか。
自分がいることで成り立っているようにみえた幸せも他人で代用できたのでは?とか)
追記:
冷静になって思ったけどさ、
妻の行動も割と不可解なんだな〜。
ラストで、割としつこく夫を疑ってて、それで本当に不倫してたことを知ったら死ぬなんてさ。子供たちを残して。そんなの身勝手だよね?しかも最後めちゃくちゃ寝てたよね。ただ狂ってる奥さんに見えちゃうよ。寝た後で冷静になったら、やっぱり死のうってなったってこと?
いや、でも妻は最初から全部知っていたのかね。こうすることも鼻から決めていたというか。不倫相手に家族ごと受け渡す決意をしてたってこと?懐広すぎん?
それかあれかな、一回いい感じを見せてからのどん底に突き落とすという制作側のエゴかな?だとすれば、いくらストーリーを盛り上げるためでも、あんな女の人は居ないと思うぞ。
さらに追記:
監督/脚本が女の人でした!
アニエスバルダ。めちゃめちゃ有名な人やないかい。冬の旅もこの人なんだね。観てみよう。
しあわせなのか 何なのかそうとう なんともいえないきもちになった。...
しあわせなのか
何なのかそうとう
なんともいえないきもちになった。
奥さんは自殺だったとおもう
死んだからもうひとりのひとと一緒に。
奥さんも可愛そうだし
主人公の男の人がなんか憎らしい。
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