劇場公開日 1952年10月9日

「私達はみなミイラかも知れません」生きる(1952) あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

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5.0私達はみなミイラかも知れません

あき240さん
2019年9月13日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

正に神作品
日本映画の枠を超えて世界の映画の中でも屈指の名作だと思います

黒澤監督作品の常連俳優と言えば三船敏郎と志村喬
その志村喬の恐ろしいまでの鬼気迫る演技が全編に満ちています

胃癌による余命宣告による死を意識した事によるマインドセットの転換という劇中の設定になっています
しかし本作のテーマは死を意識したという前提では決してありません

渡辺課長はミイラとあだ名をつけられています
今風にいうならゾンビでしょう
生きているのだか、死んでいるのだかわからない
いや魂は死んでいるのだが、でも生きているのです

役所批判が本作のテーマなぞでは毛頭ありません

それは主人公が生きながら死んでいることを演出として説明するためのものに過ぎないのです
大きな組織はみんな大なり小なりそんなものです

誰もが、家族のために、独身であれば自分が生き残る為に、その為に自己を殺して生きているのです

ミイラのようにならないで働けているひとは本当に幸せです
そんなあなたは、とよのように確かに生きていると言えます

病院で看護婦さんが言うベロナールは当時の睡眠薬の名前です
無論大量に飲めば死にます
市電の脇のおでん屋むさしで出会う小説家が、店の主人に家で待つ編集者に原稿を届けにいくついでに買いに行かせたアドルムも睡眠薬です
この小説家のモデルはこのアドルムという薬の名前とその後の行動と言動から、なによりその風貌、衣装、丸眼鏡から破滅型の小説家として有名な坂口安吾その人で有ることは明らかです
彼は当時覚醒剤とアドルム中毒で精神錯乱の末、入院して世間を騒がせたことで有名です

その彼がモデルの小説家が渡辺課長に、与えられた生命を無駄にするのは神に対する冒涜だと諭すのです
渡辺課長が黒い犬に酒の肴を落として食べさせるのを二人がじっと見るシーンは、彼が生きる意欲を喪失していることを象徴するのもでした

小説家は言います
あなたはこれまで人生の下男だった
人生を楽しむことは人間の義務だと

ゾンビが生きていることを実感するには、これもまた真理です

彼は渡辺課長に人生の快楽を教える代わりに、代償に魂を要求しない善良なるメフィストの役を務めると言います
つまり悪魔の誘惑と言うわけです

メフィストフェレスの化身は黒い犬です
だから彼はおあつらえ向きに黒い犬がいる、早く案内しろというのです

渡辺課長が新しい帽子を被って行く静かなカウンターのバーは文豪が通う店で有名な銀座5丁目のルパンがモデルでしょう
店の雰囲気とカウンターの上のランタンが似ています
きっとそれ以外の彼が連れ回すお店は全部モデルがありそうですが残念ながら浅学で分かりません

新しい帽子は、彼の新しいマインドセットを象徴する記号として全く見事な演出です

しかし引き連れわました果ての娼婦と一緒のタクシーの中で、渡辺課長の余りの哀れさに、自分は悪魔足り得ないと片手で顔を覆い伏せるのです
彼が教えたような快楽では、最早生きている意味を感じこともできず、魂が満たされないほどに、渡辺課長が冷たく死んでいるミイラだと知ったのです

ゾンビになってさ迷う渡辺課長は、結局とよから自分の魂が満たされうる本当の喜びとは一体自分に取って何なのかを掴むのです
ウサギのオモチャの象徴する、シンプルなことでも魂が充足する喜び
そしてハッピーバースデーの歌
本当に素晴らしい感動的な演出でした
特にハッピーバースデーはエヴァンゲリオンの最終回のおめでとうのシーンはこのシーンのオマージュだったのかも知れません

それこそ胃癌という十字架を背負ったキリストが復活した瞬間でした

そしてグダグタの通夜のシーンこそ、エクセホモなのです
この人を見よ!のシーンだったわけです
回想のシーンとは鞭打たれるキリストの光景なのです
そして彼は奇跡を成し天に召されたのです

私達もミイラかもしれません
大野係長は課長に昇進するとたちまちかっての渡辺課長と瓜二つになっています
糸こんにゃくの木村も結局椅子を蹴って立ち上がったものの書類の山に顔を隠すのです
橋の上から背中を丸めて新公園を見下ろしてとぼとぼと去る姿は、彼もまたかっての渡辺課長そっくりです

何の為に生きているのか?
渡辺課長のように新公園を残すような立派なことをなすことでなくてもよいのです
とよのようにオモチャの製品を作ることに喜びを見いだすことでも良いのです
それこそ小説家の言うように快楽の為であっても良いのだと思います

日々を無感動に生きること
それはミイラなのです

死を宣告されたひとや老人だけが渡辺課長ではないのです
中高生でも、大学生でも、新入社員であってもミイラになりえるのです

あなたはミイラになっていませんか?
渡辺課長になっていませんか?
それこそが本作のテーマなのだと思います

死期がせまったからの話ではありません
人間はいつかは必ず死ぬものです
必ず老いるものです

生きているという実感を味わうように貪欲になるべきなのです

ブランコに乗って主人公が歌う有名シーン
その歌詞こそ本作のメッセージそのものです

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あき240
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