「完全版サントラCDの発売を熱望」荒野の用心棒 TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)
完全版サントラCDの発売を熱望
主演クリント・イーストウッド、監督セルジオ・レオーネ、音楽担当エンニオ・モリコーネの名を一躍世界に知らしめたマカロニ・ウエスタンの原点にして、日本が誇る傑作時代劇『用心棒』(1961)のリメイク西部劇。
最近は盗作呼ばわりするメディアも随分と少なくなったが、かつてはレオーネを主犯格に散々な言われようだった本作。
悪口の主な火元は東宝と配給会社の東和だが、著作権を国際的な裁判の俎上に載せたばっかりに、黒澤明監督に作品の海外配給の際に正当な取り分を渡してなかったことまで露呈して一時は黒澤事務所と険悪な状態に陥り、鬱憤の捌け口は監督のレオーネに向けられる羽目に。
当のレオーネは出資者を集める上映会やスタッフと一緒に見た時の『用心棒』のフィルムをレンタルした領収書を権利が問題化するまで大事に持っていて(本作製作時の経費として落とすため)、日本側から抗議の書面が初めて届いた際は「世界のクロサワから俺ン所に手紙が来たぞ!」と言って方々に見せてまわり、助監督を務めたトニーノ・ヴァレリから諫められたそう。
本作が盗作騒ぎに巻き込まれた原因は、イタリアの無名の監督が日本の時代劇をベースにアメリカの西部劇を作るという発想が受け入れられず、ロクなプロデューサーに巡り会えなかったことにある(レオーネ自身はプロデューサーが法的手続きを済ませていると思っていたらしい)。
ハリー・コロンボとジョージ・パピの二人は問題が表面化してからも著作権料が発生しないイタリア国内の古いローマ史劇やオペラに似たような話がないか探し回ったそうが、実は『用心棒』の元ネタはダシール・ハメットのハードボイルド小説『血の収穫』(後年、黒澤監督自身が認めている)。プロデューサーの二人が海外の素材にも目を向けて同作に辿り着いていたら、もっと大騒動になっていたはず。
本作の主演がイーストウッドに決まるまでに、ヘンリー・フォンダやチャールズ・ブロンソンらさまざまな候補が挙がりながらも、いずれも断られるかギャラが高額すぎて断念した話は有名。
TV西部劇『ローハイド』の準主役だったイーストウッドが本作まで映画の役に恵まれなかったのは、契約上の制約以外にも遅刻癖があり喧嘩っ早くて女にも手が早いなど、本人の素行も影響したという説も。
本作のランチタイムでワインを吞みながら2時間たっぷり休憩する現地の撮影ルーティンに歓喜したそう(本人談)。
マリソル役で出演した西ドイツ出身のマリアンネ・コッホは女優の肩書以外に医師の資格もあり、後年は本国のTVで健康相談みたいな番組の司会をながく務めたとか。
SNSで確認したところ今もご健在(御年94)。
イーストウッドが長寿なのも、彼女に健康アドバイスしてもらったから、かも?!
ジョニー・ウェルズ名義でラモンを演じたジャンル・マリア・ヴォロンテはブームの最中、多数のマカロニ・ウエスタンに出演したあと、マフィア映画から社会派作品まで幅広い役をこなし、イタリアを代表する本格俳優に。
個人的には『エボリ』(1979)のレーヴィ役が印象的。
オリジナルの『用心棒』には少なからず見られたコメディ要素の多くを削ぎ落とした本作で、その役回りを一人で担った棺桶屋のピリペロを演じたヨゼフ・エッガーはオーストリア出身のコメディアン。
続編の『夕陽のガンマン』(1965)でも寝たきりの情報屋なんてふざけた役をコミカルに演じていたが、同作が遺作に。
「レオーネ節」と呼ばれる監督の作風が確立するのは次作の『夕陽のガンマン』からといわれるが、本作でも、特にロホとバクスターの人質交換の場面にその片鱗が窺える。
英語版吹き替えの脇役の演出が雑に聞こえるのが、やや難点。
マカロニ・ウエスタンの大ファンだが、最近はオリジナルの『用心棒』を見る方が多く、本作を久し振りに見たのが昨年の「ドル三部作4Kレストア特集」。
本作がオリジナルより確実に優っているのは音楽性。映画館の音響設備で聴くモリコーネの『さすらいの口笛』は格別だった。
『さすらいの口笛』にはロングヴァージョンとショートヴァージョンがあり、映画で使用されているのはショートヴァージョン。
男声コーラスの部分が“We can fight!”と聞こえるが、ロングヴァージョンでは“with the wind”。
現在国内で流通しているサントラCDに収録されているのもショートヴァージョンのみ。そのうえ『夕陽のガンマン』とのカップリングで、あらためて本作を観るとCD未収録の曲も結構多い。
完全版の発売に期待したいが、その際にはぜひロングヴァージョンも。
公開時、映画同様大ヒットした『さすらいの口笛』は様々な模倣作やパロディを派生させたが、この曲自体、歌手のピーター・テイヴィスのためにモリコーネがアレンジした『みのりの牧場』(原曲の作者はウディ・ガスリー)のセルフリメイク。可能ならそちらも併せて収録して欲しい。
NHK-BSにて視聴。
4Kレストア版でなかったのが残念。
