クラムのレビュー・感想・評価
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いろいろ考えさせられた。
タイトルを見て「何の映画だろ?」と思ったらアメリカのマンガ家ロバート・クラムのドキュメンタリーだった。
ロバート・クラム。
名前と、ちょっとどんな絵かは知ってる。
吾妻ひでおの日記マンガで、何度か名前が出てた気がする。
興味が湧いて観に行った。
なんか古めかしい映像だと思ったら再映なんだね。
カセットデッキとか出てきてるもんな。
最初のうちはクラムの飄々としたキャラクターが映されてたけど、次第に家族も物語りになる。
クラムのお兄さんも、弟さんもやっぱり絵が上手い。
なのに、この境遇の違いはなんなんだろう。
いろいろ考えさせられた。
それにしても表現者ってものは、衝動のままに表現するべきなんだね。
描く態度に、魅せられる
描く。
そこに理由はなく。
ただ、描く。ついつい、描く。
突き動かされるように描き続ける。
著者から、そんな感じ、感覚を受けました。
商業的なものを超えて、
(でも、商業的に利用されているわけですが。。。)
自分の中にある差別意識も、
そこからくるエロスのインスピレーションも、
包み隠さず、表現する、表出する。アート。
そこに惹かれるのは、男性のみならず、女性もいて。
(そこも意外!)
彼の「男性性」に、ポルノ的なものと異なる、
例えば、女性の勇気や強さ、
そんなメッセージをもらえる、らしいです。笑
日本のポルノでも、この著者と同じ嗜好は
ある程度、フォロー?されているのでしょうが、笑
おそらく下賎な?扱いにとどまるでしょう。
でもこの著者にかかると、それがアートになるから、
文化のようにも感じられるから、また面白い。
ただ、彼の生い立ち、家族環境は、それ以上に衝撃。
特に父親からの後天的な影響に加えて、
親から受け継いだ先天的な、遺伝子的な資質
(アスペルガー的な、hsp的な、神経症的傾向など)。
そこから生み出される、苦しみ、それを越えようとして
生み出される強い妄想、衝動、情動。エロス。
魂の強くて、いびつなメッセージが、
独特の価値を生み出し、一定層の読者のこころを掴む。
その特殊性、「超越」した何かに、著者と異なる性癖の者も、
女性すらも引き寄せる。巻き込んでしまう。
彼は、インスピレーションの忠実な下僕。
ある種の神からの言葉を伝える預言者であって。
(ドラッグの力も借りながら、彼の指先は、
イタコのように、降りてきたものを自動記述?し続ける。)
時に人を傷つけることも、楽しませることも両方あり。
それで、ちゃんと成立してる。
商業的にも、芸術・文化的にも、成り立ってる。
「縁起」。
あり、なのかな?と思いました。すごいな、と。
でも日本で同じことやったら、
何か、問題になりそうですよね。笑
(その前にここまで、脚光を浴びないか)
"Cheap Suit Serenaders"
"誰もが歩く広告塔だ"と揶揄するロバート・クラム、前の席には有名スポーツチームのロゴが背中一面に入った上着を着ている人など、今劇場にも"歩く広告塔"がチラホラと、自分は微妙にコンバースのスニーカー、でもロゴは内側だから見えないか??
サイケなイメージやジャニス・ジョプリンから言われたことなど、戦前のジャズやブルースを78回転のSPレコードを愛するロバート・クラムと監督であるテリー・ツワイゴフとの関係性に『ゴーストワールド』でブシェミ演じるシーモアを、レコード探しの爺さんのドキュメント『さすらいのレコード・コレクター 10セントの宝物』だったり。
兄や弟、息子に娘まで芸術性の高い家系が羨ましくもあり、全体的に淀んだ雰囲気を纏いながらも陰鬱な暗さを吹き飛ばすような明るさを感じるファンキーな要素。
今の時代なら最高潮に不謹慎で受け入れられない様々な事柄でさえも、本作を観て不快に思う人もいるであろう、ラストはショッキングに、クラム一家の常人には理解し兼ねる変態性からの人間性??
ドロドロの潜在意識をペンに託す者
アングラ漫画家ロバート・クラムに密着したドキュメンタリーだが、正直彼の事は全くと言っていいほど知らない。映画化されたキャラクターのフリッツ・ザ・キャットも名前ぐらいしか把握しておらず、このドキュメンタリーも94年製作で、今回の日本公開がリバイバルという事も初めて知ったぐらい。
そんなわけで色々無知状態で観たけど、どんなジャンルでも表現者というのは、どこか突出した素養を持っているという事を改めて知らされた思い。
ジャンルがアングラという事で、日本でいう「ガロ」テイストな漫画を発表してきたクラムの素養は、世俗に対する憎悪と女性への恐怖、そしてその女性への征服欲と性的嗜好だ。見た目は物静かそうな紳士でも、「自分をさらけ出すために漫画を描いている」と公言するように、内面にあるドロドロの潜在意識がペンを走らせる。でもそれって多くの漫画家に共通している事ではなかろうか。
ロバートの潜在意識は人間なら誰しも持っているもの。それを堂々とさらけ出す彼を支持する者もいれば、彼によって暴かれたと錯覚した者は忌み嫌う。カメラはそんな彼を生んだ家族にも向けられるが、兄チャールズや弟マクソンもぶっ飛んでいる。語弊を生みそうだが、殺人をしない『悪魔のいけにえ』のソーヤー一家のようだ。
終盤、ロバートが商業主義にまみれたアメリカに唾をかけるようにフランスに移住すると並行して、ある衝撃的な顛末が明かされる。これはロバートのみならず、クラム一家の物語でもあった。
手塚治虫が『鉄腕アトム』を一時期「最大の愚作」と断罪したように、ロバートも、自身の知名度を上げてくれた功労者フリッツ・ザ・キャットを自らの手で葬ってしまった。製作としてクレジットされたデヴィッド・リンチも含め、表現者とはかくも面倒くさく、かくも自分に正直な人種なのだ。
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