「老夫婦がわけがわからないまま死んでゆく。戦慄。」風が吹くとき まつだ𝕏ですがなにか?さんの映画レビュー(感想・評価)
老夫婦がわけがわからないまま死んでゆく。戦慄。
◯冷戦時代末期の恐怖感を思い出す
以前からタイトルは知っていたが観る機会がなく、今回(2024年8月)のリバイバル上映に合わせて観てきた。
本作が制作された1982年頃は冷戦末期、米ソの核開発競争で人類を何回も滅亡させるほどの核弾頭が生産され、一歩間違えれば即人類滅亡という、今の若い人たちだと想像がつかないだろう得体の知れない絶望感・恐怖感が世界に漂っていたのを思い出した。
◯一個人の視点からみた戦争
戦争映画だと、激戦地や軍内部の生活における兵士達や将校など軍関係者の姿が出てくることが多い(地獄の黙示録など)が、本作は、アレクシェーヴィッチ『戦争は女の顔をしていない』にも通じる『一個人の視点からみた戦争』というストーリーになっている。
これが『地獄の黙示録』や『トップガン』など米国の戦争映画の影響が強かった1980年代に世に出たこと、そして『スノーマン』の作者であるレイモンド・ブリッグスの作品ということはもっと注目されるべきだろう。
◯真骨頂
本作の真骨頂は、『一個人』として核戦争の危機にあっても長閑に生きてきたジム・ヒルダの老夫婦が核攻撃を受け、ある程度の知識はあったものの結果として情報も完全に途絶し孤立無援の絶望的な状況下、ゆっくりと訳がわからないまま(と解釈するのが素直か)死んでゆく過程が本作の真骨頂だといえる。
※『わけがわからないまま死んでゆく』という表現は、一色登希彦さん版『日本沈没』3巻にあった中田一成のセリフを借用した。
◯戦慄
私達は広島・長崎やチョルノーブィリ(チェルノブイリ)やJCO臨界事故などから
・放射線障害がどのようなものか
・核爆発で死の灰や黒い雨が降ること
・ふたりの元にあるマニュアルでは不十分
ということは分かるが、
・救援やインフラ復旧の状況が分からない
・メディアも軍も行政も政治も医療機関も残っているのか、そして国、いや、人類が生きてきた世界がどうなっているのかが情報途絶で全く分からない
・世界から他人が完全に消えてしまったのではないか
という底知れぬ恐怖に戦慄するだろう。
あの頃何かの間違いが連鎖していたら、2024年の地球はまさに本作で描かれたような放射能に汚染された核の冬が永遠に続くかのようなディストピアが一面に広がっていたかもしれない。
>・救援やインフラ復旧の状況が分からない
・メディアも軍も行政も政治も医療機関も残っているのか、そして国、いや、人類が生きてきた世界がどうなっているのかが情報途絶で全く分からない
・世界から他人が完全に消えてしまったのではないか
という底知れぬ恐怖に戦慄するだろう。
想像しただけでも物凄い恐怖なシチュエーションです。
3.11のときも錯綜していたがメディアが機能していたからまだよかった。この夫婦のようなまったく情報が入ってこない状況は、ほんと底知れぬ恐怖です。「わけがわからないまま死んでゆく」ぜんぜん今でも十分発生し得るな、と感じました。