「【72.9】カジノ 映画レビュー」カジノ honeyさんの映画レビュー(感想・評価)
【72.9】カジノ 映画レビュー
映画全史において、マーティン・スコセッシ監督の1995年作「カジノ」は、一時代の終焉をあまりに精緻に描きすぎたがゆえに、劇映画としての「高揚感」を自ら削ぎ落とした、類まれな犯罪叙事詩である。本作は「グッドフェローズ」のスタイルを極限まで進化させた一作だが、そこで描かれるのは、情念が資本というシステムに飲み込まれていく乾いたプロセスである。3時間という長大な時間をかけて積み上げられる膨大なディテールは、最後にはカタルシスではなく「徒労感」へと帰結する。この結論を、冷徹な時代の写し鏡と評価するか、あるいは劇映画としての構成上の不全と評価するかで、本作の真価は問われる。
作品の完成度を深く考察すると、本作は「情報の集積」そのものが映画の主題となっていることがわかる。スコセッシは、カジノ運営の微細なメカニズム、マフィアの腐敗、そして人間関係の崩壊を、まるで解剖学者のような視線で捉えた。しかし、この圧倒的な情報量は、観客がキャラクターに深く沈潜し、カタルシスを得るための情緒的な余白を埋め尽くしてしまった。物語の終盤、かつての秩序が瓦解し、巨大企業が台頭する幕切れは、あまりに散文的で、観客を突き放すような味気なさが漂う。このカタルシスの浅さは、個人の悲劇を越えた「歴史の必然」を描くための意図的な演出とも取れるが、3時間の熱量に対して、着地点が極めて淡白であるという事実は否定しがたい。
キャスティングと役者の演技について、主要な登場人物をWikipediaの情報に準拠して記述する。
主演のロバート・デ・ニーロは、カジノの総支配人サム・“エース”・ロススティーンを演じている。デ・ニーロは、本作において200文字以上の分析に値する緻密な「抑制」の演技を見せた。彼は、あらゆる数値を管理し、カジノを完璧なシステムとして稼働させようとする男の執念を、冷徹な眼差しと幾何学的な仕草で体現している。しかし、その合理性が、妻ジンジャーへの執着という非合理な感情によって崩されていく様を、デ・ニーロはあえてドラマチックに誇張せず、静かな狼狽として演じた。彼の演じるエースは、最後まで「システムの一部」から脱却できず、その生き延びる姿は、劇的な変化を拒む男の哀愁と、一時代の終わりを象徴している。
助演のシャロン・ストーンは、サムの妻ジンジャー・マッケンナを演じた。本作の中で、唯一「制御不能な熱量」を画面に放ち続けているのが彼女である。金と宝石に執着し、酒と薬物に溺れながら自壊していくジンジャーを、ストーンは生々しいエネルギーで演じきった。本作における彼女の演技は、第53回ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)受賞、第68回アカデミー賞主演女優賞ノミネートという形で結実した。彼女が見せる「情念の崩壊」は、本作の冷淡な構造の中に人間的な痛みを刻み込む、唯一の劇的な救いとなっている。
助演のジョー・ペシは、武闘派マフィアのニッキー・サントロを演じている。ペシは「グッドフェローズ」で見せた凶暴性をさらに過剰化させ、管理されたカジノの世界に暴力という混沌を持ち込んだ。彼の死が、叙情的な余韻を排して事務的に処理される演出は、かつての野蛮な支配が、新しい企業の論理によって機械的に清掃されていく様を冷酷に伝えており、ペシの演技はその必然性を十分に納得させる。
助演のジェームズ・ウッズは、ジンジャーを精神的に縛るヒモの男、レスター・ダイアモンドを演じた。ウッズは、卑怯さと狡猾さが同居するこのキャラクターを、不快感すら抱かせるほどの巧みさで演じ、サムが守ろうとした「秩序」の対極にある、人間の卑俗さを浮き彫りにした。
クレジットの最後を飾る名優ドン・リックルズは、フロア・マネージャーのビリー・シャーバートを演じ、カジノの実務を支える現場のリアリティを、その渋い演技で作品に定着させている。
演出、編集、脚本において、スコセッシとセルマ・スクーンメイカーは情報の高速処理という手法を極めた。全編を貫くナレーションと目まぐるしいカット割りは、観客を眩惑し続けるが、その一方で、キャラクターの心情を掘り下げる「静止した時間」を奪っている。ニコラス・ピレッジとスコセッシによる脚本は、事実の再現に重きを置いたがゆえに、劇映画としてのエモーショナルな収束よりも、社会学的な概観を選択したと言える。
映像と美術衣装においても、ロバート・リチャードソンによるライティングや豪華な衣装は、ベガスの虚飾を美しく切り取っている。音楽においては、主題歌は設定されていないが、バッハの「マタイ受難曲」が重要な役割を果たす。この荘厳な楽曲が、情報の濁流の中での崩壊劇を一種の「聖劇」に昇華させようとするが、物語の結末が持つ淡白さとの間に、奇妙な不均衡を生じさせている。
総評として、映画「カジノ」は、巨匠スコセッシがその卓越した技術を用いながら、あえてカタルシスを拒絶し、一つの時代の死を淡々と記述することを選んだ、極めて孤独な叙事詩である。その「味気なさ」は、個人のドラマが歴史に飲み込まれていく現実の残酷さを映し出しており、本作は映画史における「美しき、しかし空虚な報告書」として、その独自の地位を保持し続けている。
作品[CASINO]
主演
評価対象: ロバート・デ・ニーロ
適用評価点: B(8点)
算出: \bm{8 \times 3 = 24}
助演
評価対象: シャロン・ストーン、ジョー・ペシ、ジェームズ・ウッズ、ドン・リックルズ
適用評価点: A(9点)
算出: \bm{9 \times 1 = 9}
脚本・ストーリー
評価対象: ニコラス・ピレッジ、マーティン・スコセッシ
適用評価点: B(6点)
算出: \bm{6 \times 7 = 42}
撮影・映像
評価対象: ロバート・リチャードソン
適用評価点: S(10点)
算出: \bm{10 \times 1 = 10}
美術・衣装
評価対象: ダンテ・フェレッティ、リタ・ライアック
適用評価点: S(10点)
算出: \bm{10 \times 1 = 10}
音楽
評価対象: ロビー・ロバートソン
適用評価点: B(8点)
算出: \bm{8 \times 1 = 8}
編集(減点)
評価対象: セルマ・スクーンメイカー
適用評価点: -1.0
監督(最終評価)
評価対象: マーティン・スコセッシ
総合スコア:[ 72.9 ]
