「行き過ぎた善と清らかさは人を縛り付ける」エデンの東 sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
行き過ぎた善と清らかさは人を縛り付ける
銀行に一人のマダムが預金に訪れる。挨拶のような感じでマダムに話しかける銀行員を「急いでるのよ」と遮って通帳をひったくる姿はあまり好感が持てない。
そして、そのマダムの後ろをつけて歩く一人の青年。彼も挙動不審でどことなく近寄りがたい。
家までつけてきた彼をケートと名乗るそのマダムは用心棒に頼んで追い返してもらおうとするが、青年は彼女のことを何とか聞き出そうとしてなかなか帰らない。
貨物列車に飛び乗って帰る彼の姿に、随分遠出してきたらしいことが分かる。
彼はキャルという青年で双子の兄弟アロンと美しいアブラは婚約関係にある。父アダムは冷凍保存で食物を長持ちさせる方法を追及している。
とにかくキャルの行動が不可解。愛し合うアロンとアブラの姿をじっと覗き見していたり、狂ったように父が保管している冷凍用の氷を投げ出したり。
キャルのことを「何だか怖いわ」というアブラに、「あいつの考えていることは分からない」アダム。観ている側も同じ気持ちだ。
しかし、キャルが何故そのような行動を取っているのかが次第に分かってくる。実は死んだと教えられてきた彼の母親は生きている。それが彼が追跡していた酒場を経営するケートなのだ。
何故父は母親は死んだと兄弟に告げたのか。神への信仰に厚く心の底から清らかさを求めるアダムに対して、ケートはどちらかというと美しくて魅力はあるが性悪だった。アダムが言うには「暖かさと良心のない女」だったという。そんな正反対の二人が上手く行くはずもなく、二人は別れてしまった。アダムはその人生の汚点を隠したかったのだ。
心の清らかなアロンと違って、自分は父に愛されていない、しかし母親が悪人だから自分の悪の心は母親譲りなのだと気づいたキャル。
ひょっとしたらアダムが利益が出るかどうかも分からない冷凍保存の技術に夢中なのは、ケートとの結婚生活が短く終わってしまったことに原因があるのかもしれない。少しでも長く作物に瑞々しい時間を与えようと。
父からの愛を得るために人が変わったように明るくなり、父の仕事を戦力で手伝うキャル。しかし、汽車でレタスを輸送途中に雪崩れのせいで足止めをくらってしまい、氷は溶けレタスは全て駄目になってしまう。落胆を表に出すまいと明るく振る舞うアダムの姿に、アロンは「父さんは全然落ち込んでないんだね」と無邪気に喜ぶが、キャルは「お前は何も分かってない」と言い放つ。
そして、世間は第二次世界大戦にアメリカが参戦するかどうかの話題で溢れる。アメリカが参戦すれば穀物の相場が上がることを知ったキャルは、大豆で当てて父のレタスの損失を埋めようと思い立つ。
その資金を彼は母親であるケートから借りようと何度も追い返されたにも関わらず、彼女の酒場を訪れる。ケートにもキャルが自分の息子かもしれないことは薄々分かっていた。アダムに対して「彼は清らかさで自分を縛りつけようとした」と語る彼女は、アダムとの生活の息苦しさから銃で彼を傷つけてしまった。アダムとの生活はこりごりだが、やはり自分の息子には愛着があるのだろう。ケートはキャルにお金を渡す。
最初は観ているこちら側もキャルのことを不可解に思っていたが、実は愛情に乏しかっただけで、そこまでひねくれてもいないし、悪人でもない。父のためにお金を稼ごうとする姿はとても健気だ。
アブラも実はそんなキャルのある意味正直な生き方に少しずつ引かれていく。
アロンは善人だけど、「愛について口先だけで語るし、頭で理解しようとしている」のと、自分の清らかさをアブラにも求めようとしている。
彼女自身はそこまで善人ではないが、この作品の中では一番物事が良く見えていて心が広い人間に思われる。キャルに触れる仕草なんかに、本人は自覚してないだろうけど小悪魔的な要素はあるのだが。
いけないと思いつつも、彼と口づけを交わしてしまったアブラは「アロンを愛しているの」と苦悩する。
戦争が激しくなり、あるドイツ人の男が民衆に罵倒され押し掛けられているのを、戦争に反対のアロンは止めようとする。それを助けようとキャルが介入したことで事態は悪化してしまう。
善意でアロンを助けようとしたキャルに対して、彼がアブラと一緒にいたことも気に入らなかったアロンはキャルに冷たく当たり、そこから大喧嘩になってしまう。
そして、父の誕生日にアブラとの結婚を発表したアロンに対してアダムが心からの祝福を述べたのに対して、キャルが大豆で稼いだお金を見て「こんなものは受け取れない。今すぐ返してこい」とつっぱねたことで最悪の展開となってしまう。
結局アダムもアロンも清らかであることと、善であることを心がけたつもりだが、それは自分の理想であるもの以外には目を向けない行為であり、それがキャルにとっては自分が愛されてないことを決定的に知らしめる結果となった。
キャルに無理矢理ケートの前に連れ出されたアロンは、自分の理想が壊されたことで発狂し、そしてアダムもショックで倒れてしまう。
ついに脳卒中になってまで現実から目を背けようとしたのだ。
失意のうちに家を出ようとするキャルと、余命幾ばくもないアダムを救ったのはアブラだ。
アブラはアダムに愛されないことがどれだけ人の心を捻れさせるかを説き、彼を許さなくてもいいが、せめて愛情の一部でも見せてほしいと懇願する。
心打たれたアダムは、キャルに一つだけお願いをする。看護婦を変えてほしいと。
アダムの看病に何とも下品で繊細さの欠片もない看護婦が当てられたのも皮肉なものだと思ったが。
アブラと共にキャルが父の看病をして暮らすことになるラストはハッピーエンドなのかどうかは分からないが、一つの救いではあると思った。
善とは何か、悪とは何かを色々と考えさせられる内容で、あまりにもシナリオが完璧すぎて怖くなるような映画だった。