劇場公開日 2014年9月27日

「スピードとダイナミズムの娯楽西部劇の金字塔、そしてフォードの人間の本質を見抜いた人間愛」駅馬車(1939) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0スピードとダイナミズムの娯楽西部劇の金字塔、そしてフォードの人間の本質を見抜いた人間愛

2020年4月17日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル、映画館、TV地上波

アメリカ映画を代表する巨匠ジョン・フォードの西部劇の最高傑作。
映画の伝道師淀川長治氏は、世界映画のベストワンとしてチャールズ・チャップリンの「黄金狂時代」と並ぶ評価をしていた。それは映画評論家になる大分昔の太平洋戦争開戦直前の1940年に、ユナイテッド・アーティスツ日本支社の宣伝担当社員で、偶然にもこの新作の宣伝を任せられた深い繋がりがある。当初情報が少なく、アメリカ題名の『Stagecoach』を舞台監督と訳したお話から、主演のクレア・トレヴァーは知っててもジョン・ウェインに関しては全く期待していなかったこと、そして実際試写して、そのあまりの良さに驚き映画をヒットさせたいと苦労したことなどが語られている。特に興味深いのは、当時の文化人や著名人に試写を繰り返し、日本映画の二大巨匠の小津安二郎と溝口健二にはポスターのキャッチコピーまで依頼したことだった。ただし日本支社社長の許可を得ないで試写をしたのがバレて、一度首になりかけている。結局公開初日からの大ヒットで首にならずに済んだという。この逸話からは、淀川氏独自の捨て身の深い映画愛が伝わり感動してしまう。この淀川氏個人の私的な愛着が、更にこの映画の素晴らしさを私に抱かせる要因でもある。

ダドリー・ニコルズの脚本、フォードのヒューマニズムタッチとアクションシーンの迫力ある演出がとにかく素晴らしい。一台の駅馬車に乗り合わせた様々な人たちのそれまでの半生がストーリーが進むに従って浮き彫りになる。町を追われる主人公の商売女、アルコール依存症のヤブ医者、名家出身の賭博師、ごく平凡で善良な酒のセールスマン、お高く留まる騎兵隊大佐夫人、横領の銀行頭取、そして復讐の為に脱獄したカウボーイ、それを追う保安官。身分の違い、正義と偽善、善と悪が、ひとり一人の人間の外面と内面の両方を複雑に表現している。この人間表現の深さは、モーパッサンの短編小説『脂肪の塊』を参考にしたという。それは、この映画の4年前に「マリヤのお雪」で溝口健二が既に採用した原案と一緒である。日米の巨匠の偶然のこの一致は、映画が何を描くべきかのひとつの答えを示唆するものだ。身分制度や階級社会が明確な時代背景を舞台に、フォードが求め描いたのは外見に囚われない人間の本質的な価値の追求。その温かいまなざしが、フォード監督を映画作家たらしめる。
映画史上に燦然と輝く、アパッチ襲撃のアクションシーンのスピードとダイナミズム。疾走する六頭立て馬車と追い掛けるアパッチ族の緊迫のカットバック。カメラ位置を駆使して立体的に表現した模範的モンタージュ。特に地面の中にカメラを据えて馬車を下から仰ぎ見るカットのインサートが凄い。圧巻は、スタントマンの荒業の妙味。これはmovieと言うより、走るmotion picture。何度観ても圧倒されてしまう。このクライマックスの前に、駅馬車に丸太を括りつけて川を渡る珍しいシーンがある。渡り切って安心してからの弓矢が襲う衝撃。この緩急の演出がまた上手い。

肉親を殺された復讐相手との決闘を、二段構えのクライマックスにしたこの娯楽映画としての完成度の高さ。ジョン・ウェインはこの映画で一気にスターになって行く。この成功が、ジョン・フォードとウェインの名コンビの西部劇を連作していくことになる。その意味でも西部劇映画の金字塔として後世に語り継がれるべき名作である。私的には「駅馬車」「荒野の決闘」「シェーン」が西部劇映画のベストスリーになる。

Gustav
NOBUさんのコメント
2023年3月20日

今晩は
 何時も、映画に対しての深い知識と熱い想いを感じるレビューを拝読しています。
 これからも、宜しくお願いいたします。
 返信は不要です。では。

NOBU