「それぞれのWALKABOUT」美しき冒険旅行 PWさんの映画レビュー(感想・評価)
それぞれのWALKABOUT
シドニーの街並みを足早に行き交う都会人。学校で発声練習をする女子生徒たち。裕福そうだが異様に無機質な家族。バックでビヨーンビヨーンと絶え間なく響く、アボリジニの民族管楽器ディジュリドゥの不気味な音。そして、カメラが茶色いレンガの壁をゆっくり移動すると、一瞬にしてオーストラリアの砂漠へとつながる。都会と自然を対比させながら、これから物語が砂漠の中で紡がれていくことを示唆する、シュールで不穏な幕開け。何だろう、この意味深で不協和音に満ちたオープニングは…。
父親と少女とその弟の3人で砂漠にドライブに来るも、父親は突然2人の子供めがけてライフルを発砲し、ガソリンで車に火を点けて自殺。少女と弟は、広大な砂漠の大地に取り残され、あてどなくさまよい歩くことに。ある日、少女と弟は一人のアボリジニの青年と出くわす。その青年は、砂漠の中を一人で生き抜く、成人になるための儀式「WALKABOUT 」の途中だった。しなやかな動きで動物たちを捕らえ、殺し、肉を割き、食料にしていくアボリジニ青年のたくましい姿に、文明人である少女はしばし見とれる。だがある日、空き家を見つけて3人の仮の住まいとした矢先、アボリジニ青年が突然、少女の前で求愛のダンスを披露する。カッと目を見開いて少女を見据え、真っ黒な体にスケルトンの模様をペイントして、少女に愛をアピールし続ける青年。夜になってもずっと…。バックに流れるディジュリドゥの不気味なサウンドも相まって、釘付けになるシークエンスだ。そして翌日…。
欧米人姉弟とアボリジニ青年の、それぞれのWALKABOUT。寡黙な作品ではあるが、この作品が水際立っているのは、自然と文明との対比に留まらず、異文化コミュニケーションの難しさや、生きとし生けるものの命を頂くということ、自立すること、そして何よりも、たくましく自然を生きる猛者も、我々と同じように恋に落ち、繊細な感情に打ちひしがれるのだということを、安直な言葉や説明なしに、映像と音のみで実に雄弁に物語っている点である。ジェニー・アガター扮する少女が、渓谷で生まれたままの姿で泳ぐシーンは、残酷なサバイバルの旅の中で、一服のオアシスとしては奇跡的に美しく、心洗われる瞬間だ。
なお、この作品はかなり前に一度観たきりで、それぞれのシーンが強烈に心に焼き付いたものの、再び観たいと思いつつ、その機会を逸していた。そんな矢先、日頃信頼し、フォローさせていただいている方がオールタイム・ベストの一本として大切にしていることを知ったのをきっかけに、本当に久々のDVD観賞となった。この作品との再会の機会を与えてくれたその方に、この場を借りて御礼申し上げます。