「「何でこいつが俺より先に…」 by E・モリコーネ(うそ)」イル・ポスティーノ TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)
「何でこいつが俺より先に…」 by E・モリコーネ(うそ)
実在したチリの詩人のイタリア亡命時代を元に描かれたヒューマンドラマ。
反体制の知識人が政治的迫害によって移り住んだ僻地で地元住民と交流するという物語の骨格は、F・ロージ監督の『エボリ』(1979)と似ているが、神すら降臨を躊躇する荒涼たる寒村に流刑されるドン・カルロと違い、本作のドン・パブロは妻を伴って亡命してきたナポリの小島でワインを嗜みながらタンゴのレコードに合わせてダンスに興じるなど、何だかバカンス気分。
一方で、観終わったあとに宗教的感動にも似た不思議な余韻を味わえる『エボリ』に対し、本作では予想外の結末が用意されている。
チリ出身の実在した詩人パブロ・ネルーダに扮するのはフランスのベテラン俳優フィリップ・ノワレ。『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)の映写係アルフレードとは異なる役柄の知識階級を優雅かつインテリジェンスに演じている。
家業の漁師を継ぐことを嫌っていた地元の男性マリオは文字が読めるおかげで、亡命中のネルーダ宛てに世界各国から集まる膨大な郵便物を届けるための彼専属の配達夫として雇われることに。
当初は相手にしていなかったマリオの感性に気付いたネルーダは彼に詩作の手ほどきをし、マリオは次第に詩藻を開花させるが、彼のなかで目覚めたのは詩のセンスだけでなく…。
マリオとネルーダの心の交流や、島の美しい娘ベアトリーチェとのロマンス、許されて帰国が叶うネルーダとの別れなどの人間模様が南イタリアの眩しい陽光の下、穏やかに紡がれるので、ラストのマリオの悲劇は唐突な印象。
ネルーダの影響で共産思想に傾倒していったマリオが共産党の集会で詩の朗読を試み治安部隊の暴行を受け死亡する結末は、チリに帰国後ピノチェト政権によって虐殺同然に命を奪われるネルーダの暗喩なのだろう。
作中のネルーダはマリオの詩の才能に着目するあまり、自身に感化されて彼が左翼思想に芽生えたことに気を払っていない。
妻に捧げた詩をベアトリーチェとの逢瀬で使ったマリオを咎めた際に、「詩は創った人のものではなく、詩を必要とする人のためにある」と反論されたネルーダは一本取られたぐらいの反応しか示していないが、マリオのこのセリフは彼が共産主義に目覚めたことの証左でもある(詩の箇所を物質的な価値の言葉に置き換えれば分かりやすい)。
素朴な演技でマリオの純朴さや一途な人柄を体現したマッシモ・トロイージが本作の撮了12時間後に他界した逸話は有名。結果的に本作は実在のネルーダだけでなく、トロイージへのレクイエムにも。
ラストシーンで後悔に苛まれて海辺をさまようネルーダの姿は、トロイージを作品に殉じさせたことへのM・ラドフォード監督自身の自責の表明にもみえる。
作品に抱く感慨は人それぞれだろうが、自分はこの映画のラストがS・レオーネ監督の『夕陽のギャングたち』(1971)と、どうしても重なってしまう。
亡くなったトロイージの主演男優賞を含め、本作は複数の部門でオスカーにノミネートされたが、最終的には作曲賞のみ受賞。
音楽を担当したのはルイス・エンリケ・バカロフ(媒体によって名前の表記がさまざまだが、作品のオープニング・クレジットに従えば上記どおり)。
アルゼンチン出身ながら人生の大半をイタリアで過ごした彼はマカロニ・ウエスタンのサントラで多くの傑作を残し、共作もあるエンニオ・モリコーネとは師弟関係(だったと思うんだけど、今SNSで調べても詳しい話出てこなくて…。でも、使い回しのマエストロぶりはモリコーネ譲り?!)。
本作以前のバカロフの実績を知る人に「ほかの代表作は?」と訊けば、おそらく多くの人が択ぶのが「続・荒野の用心棒」(1966 原題 Django)。
短期間に低予算で製作され本来ならB級映画扱いの筈が、タランティーノをはじめとする多くの映像作家に愛され、ついにはリブートのTVシリーズまで登場した作品の魅力の一つは間違いなくバカロフが作曲したサントラにある。
同作に提供した哀愁漂う主題歌や情念まみれの曲と異なり、本作ではバンドネオンなどのタンゴの要素を採り入れた軽快で抒情豊かなサウンドを、波の音やウミネコの鳴き声などの効果音と調和するよう過剰にならない範囲で使用している。
悲劇的な結末で作品が暗い印象になるところを美しい音楽で和らげている点も、『夕陽のギャングたち』(モリコーネが作曲を担当)に通ずる。
本作でバカロフがオスカーを受賞したことを知って「モリコーネより先に?」と思ったのは、自分の率直な感想。
2017年没。
五歳年下のバカロフの訃報に接して、「何でこいつが俺より先に…」とモリコーネが思ったかは不明。
4Kデジタルリマスター版で久しぶりに観賞。
作品の性格上、セリフ過多なので、字幕が顔のアップに重ならないよう、もう少し工夫して欲しかった。