「ポエジア 詠まれなかった詩」イル・ポスティーノ レントさんの映画レビュー(感想・評価)
ポエジア 詠まれなかった詩
人が思わず詩を口ずさんでしまうのはどんな時だろう。愛しい人を想うとき、故郷の海の香りをかいだとき、さざ波の音を聞いたとき、まぶしいばかりの日の光に照らされたイタリアの故郷の大地を想うとき、そしていとおしい映画を見たとき、そんなときに人は心に詩が浮かんでくるのかもしれない。万物を感じ取る心があるのなら誰もが詩人となれるはず。
実在のチリの詩人パブロ・ネルーダが母国を逃れ、青の洞窟で有名なイタリアのカプリ島で暮らしていた事実をもとにした物語。
ネルーダは常に素朴な人たちのために詩を詠んだという。外交官でもあり共産主義者でもある彼は資本主義が生みだした貧困に苦しむ祖国の人民のために戦った。その波乱万丈の人生においてひと時の安らかな時間を彼はイタリアの小島で過ごし、そこで一人の郵便配達員と交流を重ねた。時が止まったかのようなのどかな島でネルーダは心豊かにその時を過ごせたことだろう。
漁業以外産業のない貧しく小さな島で数少ない読み書きができたマリオはネルーダ専属の配達員となる。日々の配達の中でネルーダと交流を深め次第にマリオは詩に魅了されていく。そして彼はネルーダの思想を受け継いでいく。
共産党の集会でマリオはネルーダから学んだ成果として詩を読み上げるはずだった。しかし弾圧により彼は帰らぬ人となってしまう。それを知ったネルーダはイタリアの弟子を想いただ彼を悼む。
マリオの遺したテープには島のあらゆる自然の営みの音が残されていた。それはそのまま詩に書き替えられるために残された島の記録。それを聞かされたネルーダはマリオとの想い出、そしてこの島でのひと時の暮らしを想い詩を詠んだことであろう。
そんなネルーダもチリで起きたクーデターにより命を落としてしまう。世界初、無血で民主的に社会主義国となったチリではあったがアメリカの謀略によるクーデターにより人民の希望は打ち砕かれてしまう。その後チリは独裁政権により多くの人民が虐殺され、暗黒の時代を迎える。世界初の新自由主義の実験場とされたチリはさらに貧富の差が激しくなりネルーダが目指した人民のための国の建設の夢は打ち砕かれる。
近年、バイデン政権下で当時の機密事項が公開されこの時のアメリカの詳細な関与が明るみになり、病死と言われていたネルーダの死も毒殺だったという事実が明らかとなった。
西欧諸国の植民地支配による搾取に苦しめられてきた人民のために戦ってきたネルーダの詩は同じく人民のために戦う革命家たちにも愛されてきた。キューバ革命のチェ・ゲバラも彼の詩を好んで読んでいたという。
資本主義的帝国主義に抗い続けたネルーダの精神は今も多くの人々に受け継がれている。
本作に入れ込みマリオ役を演じたマッシモ・トロイージの執念が本作を名作たらしめた。劇中でマリオが命を落としたように彼も撮影終了後の12時間後に帰らぬ人となる。心臓病を患いながら撮影に挑んでいたのであった。
革命に命を懸けたパブロ・ネルーダ、そして彼の物語を命を懸けて紡いだマッシモ。そんな映画にかかわった人々の魂が本作を名作たらしめたのだった。
共感ありがとうございます。
今回初見で、事前知識がまるで無かったので元気ないなーと思っていた主役の真実には驚きしか無かったです。
唯一物足りない点があるとすれば、飲み食いシーンが薄かった事、義実家居酒屋なのに。