暗黒の命令のレビュー・感想・評価
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圧倒的に魅力的ではないヒロイン
ラオール・ウォルシュ的、と形容できる要素の一つに「男女の出会いを決定的なショットで描写してしまう」ことが挙げられるだろうか。『夜までドライブ』の酒場での出会いや、『大雷雨』のディートリッヒ。ここさえ見逃さなければ、結末は見ずとも分かる。とでもいうような決定的瞬間は、ウォルシュが取り扱うメロドラマや西部劇などのフォーマットの決まっているジャンルとも相性が良いのだろう。つまり彼の作品は序盤が極めて重要であるのだ。
さて、本作品のそれも例に漏れず序盤に描写されている。
街にやってきたジョン・ウェインがぶらりしている途中で、北部と南部のいざこざから殴り合いのリンチが起こる。ウェインが仲裁に入って応戦するが、相手との人数の差は歴然。そこへウェインに力を貸しに入った青年が加わり、お互い簡単な自己紹介をしながら相手を殴り倒す。そんな現場の近くを年増な男性と歩くのが、本作ヒロインのクレア・トレヴァー。ふと顔を上げたウェインの視線の先に彼女がいる。その二人がクロースアップで切り替えされる。ここが所謂ウォルシュ的決定的男女の出会いなのだが、なぜだろうか。精細に欠いているようにしか見えない。というか肩透かしを喰らった。
まずは日中であるのに、トレヴァーのCUのライティングがバチバチに作られているところだろうか。とはいえこれに関しては、ある種の遺産的な技術でもあり、この作品以外にもこの時期の様々なアメリカ映画であることだから大きな違和感とはならないのだが、
致命的なのがトレヴァーが全く魅力的に映っていないのだ。綺麗で可憐ではない。彼女はグロリア・スワンソンやディートリッヒ、リタ・ヘイワースやアイダ・ルピノのように美しい容姿を持った女性ではない。映っているだけで可愛く、綺麗に、妖艶には見えない。にも拘らず、彼女らの登場と同じようにトレヴァーを映してしまっている。ここが致命的だっただろう。彼女はウェインとウォルター・ピジョンに言い寄られるが、ここの説得力に欠ける。役柄を相まって可愛気が全くないまま、家族思い故に周りが見えなくなって我儘に奔走する。彼女は一切保護されたまま彼女の周辺が瓦解していく。これを自覚的に堂々と言動していれば、ファム・ファタールとして君臨できたのかもしれないが、元々理屈的欠陥が多いシナリオと中途半端なトレヴァーの立ち位置がヒロインに留まらせてしまう。
ここまで書いたが、決してつまらない作品ではない。
やはりたくさんの人とたくさんの馬が出て来てチェイスする光景をスクリーンで浴びることは無条件に見る事の原初的な喜びに誘ってくれるし、高速で流れていくスクリーンプロセスを背に撃ちあう男たちは見ものである。
私利私欲のために南北戦争のポケットで暗躍するピジョンや、人を撃ったくせに無罪のために手を貸してくれなかったウェインをいがみギリギリまでピジョンの右腕になっていたロイ・ロジャースなど、人物設定は楽しく、
ウェインが殴り、歯の欠けた被害者を治療してお金を稼ぐエグ資本主義的なコミカルな抜けどころを要所要所で挟んで100分で片づけるのは職人でなければできないだろう。
ミスキャストなのだろうか。トレヴァーも被害者のような気もするが、ヒロインが圧倒的に可愛気がないが故に、ウォルシュの著名ショットが生きなかった残念な作品になってしまっていた。
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