「英雄か、それとも」アラビアのロレンス sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
英雄か、それとも
「素晴らしい業績をあげた男」「偉大な人物」「英雄だが自己顕示欲にまみれた男」。
冒頭、いきなりオートバイ事故により主人公ロレンスが亡くなる場面からこの映画は始まるが、実際にトルコからのアラブ独立闘争を率いたこのイギリス陸軍将校トマス・エドワード・ロレンスは果たして英雄だったのだろうか。それとも大きな流れの中に飲み込まれた敗者だったのだろうか。
とにかくスケールの大きさに圧倒されるが、ひとりの男の内面に迫ったとてもセンシティブな作品でもある。
広大な砂漠の描写がどれも印象的で、特に蜃気楼の中から現れるハリド族のアリの登場シーンはとても印象に残る。
後にこの蜃気楼はもうひとつ幻想的で印象的な効果をもたらす。
ロレンスは何だかナヨナヨしている風変わりな男で、一度感情を動かされたら目的を見失ってまでも行動に移そうとする頑固な男でもある。
彼はトルコ軍が占領するアカバを奪還するために、内陸部から奇襲する作戦を実行するが、行軍中に仲間のひとりが列からいなくなっていることに気づく。
アリはこれはガシムというその男の運命なのだとロレンスに何度も言い聞かせるが、ロレンスは彼の言葉を無視して助けに戻る。
アカバを攻略するという大事な目的があるのにも関わらず。
彼は運命というものは変えられるということを証明しようとしたのだろうか。
そしてなんと彼は絶望的な状況からガシムを救い出し、ラクダに乗せて帰還する。
このシーンもまた蜃気楼の中から徐々にロレンスの姿が現れるという幻想的な描写になっている。
ガシムを助けたこの瞬間に、初めてアラブ人たちはロレンスを英雄として認めるようになる。
彼はハリド族と敵対するハイウェイタット族も味方に引き入れ、アカバを攻略する。
種族の壁を越えた英雄として祭りあげられるロレンスだが、彼は決して万能な男ではない。
結局彼は自ら救ったガシムを、掟を破った罰として殺さなければならなくなる。
そして彼は自分を慕って付いて来たダウドとファラージという少年を、作戦の途中で死なせてしまうことになる。
アラブ人にアラブを与えるという大義のために独立闘争を指揮する英雄としての彼の顔と、己の無力さを思い知らされ自信を失くす彼の姿との落差の大きさが印象的だった。
彼は失意を味わう度にイギリス軍から昇進を言い渡されるが、結局彼はイギリス軍の手の上で踊らされていただけなのだろうか。
彼はアラブの為を思ってダマスカスへの進軍を指揮するが、部族間同士の争いも収められず、アラブ軍がダマスカスを占領した為に、却ってダマスカスが荒廃してしまうのは皮肉だった。
ロレンスが民間人を虐殺したトルコ軍に対して、感情を抑えられず皆殺しを命じてしまうシーンにも、彼の脆さが表れていると感じた。
後半に向かって陰鬱さが増していく作品で、初めてロレンスがアラブの首長が身につける白い装束を身にまとい、優雅に砂漠を踊るシーンがこの映画の最高点であるようにも感じた。
ロレンスが人間的な弱さを見せれば見せるほど、そこに惹かれていくアリの存在が救いだったように思う。