「ホームドラマの名作」アラバマ物語 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
ホームドラマの名作
深刻な黒人差別を扱った重厚な裁判劇。バリバリの社会派映画。この作品を見る前の私の認識である。だから見るのにいささかの覚悟を決めなければならなかった。重いテーマの作品を見るときにはいつものこと。
しかし、物語が進むにつれ、この私の認識は完全にくつがえされた。重厚な裁判劇でもなければ、バリバリの社会派でもない。この映画をもしジャンル分けするのなら、誠実なホームドラマ、あるいは子供たちの成長の物語だ。
たしかに、物語の主軸は、黒人差別問題だし、クライマックスは緊迫した裁判シーンである。しかし、この重いテーマを前面に押し出すのではなく、子供たちの生活の中の大人たちの社会の物語である。
お化け屋敷に住む怪物、木の穴に入っている宝物、初めての学校生活、ケンカ、ハロウィン・パーティー。子供たちには毎日が冒険や発見の日々。
夏休みに別の町からやってきた少年とお化け屋敷に冒険に行くシーンは、ドキドキ・ワクワクする。(実際は、中へ入る前に逃げちゃうんだけどね。)子供はいつ大人になるのだろう?……気づかないうちに。
子供たちは子供たちの世界を持っている。それは決して大人達には解らない。しかし子供たちは大人達の世界をいつでも見つめている、まっすぐな瞳で…。冒頭では、父親に叱られて木に登って降りてこなかった兄も、窮地に立たされても誠実さと正義で対応していく父を見て、ほんの少し大人になった。正しいことをしている父が、裁判で負けたのだ。大人の社会は真実がいつも正しいことにはならないのだ。子供の自分には、父を助けることは出来ない、しかし父がどう戦うのか最後まで見つめることは出来る。この少年のまっすぐな瞳に心が少し痛んだ、自分の汚れ具合を認めさせる瞳に…。あきらかに無罪とわかる被告が、黒人というだけで有罪になってしまう不条理。裁判所でも、白人の傍聴人は1階の椅子席、黒人は桟敷席とすでに裁判が始まる前からその結果を暗示させる地域に根付いた差別問題。しかし、白人の父は黒人の被告ために戦った、たとえ負けても、黒人たちにはその誠意が伝わった。有罪の判決が下り、退屈げにさっさと出て行く白人達の後に残った黒人たちは、法廷を去る父を、起立と拍手で見送った。黒人の牧師は幼い兄妹に促す、「さあ、お父様が出て行かれるよ…。」このシーンで私は涙が止まらなかった。
アラバマ物語は、黒人差別だけの物語ではない。裁判は終わり、被告も死亡したが、事件は終わらなかった。黒人に味方した白人を許せない白人が、幼い兄妹にも刃を向けたのだ。しかしそこを救ったのは誰あろう、あのお化け屋敷に住む怪物ブーだった。彼は怪物ではなく、知能傷害のある心優しい青年だったのだ。黒人差別と同様に、知的障害者に対する差別も、さりげなく盛り込んでいたのだ。ブーは、兄妹たちと友達になりたかったのだ、しかしブーの父親が、普通ではない息子を家に閉じ込めていたのだ。しかし案ずるなかれ、『エレファント・マン』のような悲劇は起こらず、兄妹、その父親、そして保安官らに愛され、守られる彼がいる。ラスト・シーンで、ブーとスカウトが手をつないで歩くシーンが、見ている総ての者たちに温かい心を呼び覚ますだろう。