アギーレ 神の怒りのレビュー・感想・評価
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ドイツ人には勝てない日本人。
日本人は、いまだに「自分たちこそ世界一のものづくり大国だ」と信じているが、それは幻想である。
革新を嫌い、出る杭を叩き、誰かが何か新しいことを始めようとすると、
周囲がよってたかって潰しにくる――それが日本の現実だ。
だが、この映画『アギーレ/神の怒り』を見てほしい。
ここには、
「自分が信じた可能性に向かって突き進むとはどういうことか」
が、狂気と共に、そして圧倒的な力強さで描かれている。
アギーレを“狂った男”と片付けるのは簡単だ。
しかし私は違うと思う。
彼は目的を達成するために、
自分を変身させた男だ。
人間が自らの限界を突破しようとするとき、
理性は邪魔になる。
仲間も理解してくれない。
社会は必ず阻む。
それでも人は、
「行く」と決めたら行くしかない。
アギーレの旅は失敗に終わった。
隊は壊滅し、夢は砕け、孤独と狂気だけが残る。
それでも――
この映画が描いているのは“人間の可能性”そのものだ。
たとえ一万人が失敗しようとも、
そのうちの一人はエル・ドラードに辿り着く。
偉業とはそういう確率の積み重ねでしか生まれない。
アギーレは敗者ではない。
挑戦し続けた者だ。
そして日本が本当に世界に勝とうと思うなら、
この“アギーレ的な狂気”を少しは取り戻すべきだ――
そんなことまで思わせる、恐ろしいほど刺激的な映画である。
アギーレの野望に巻き込まれる不運な人々
独特の雰囲気があり、よかった。
己の野心に取り込まれ、周囲すべて、自分の娘までもが犠牲になるという悲劇。
てか、なぜあんな場所に女子供まで連れて行く?ただただ悲惨でしょう。
原住民に対する差別をそのまま表現しているが、当時はそれが当たり前だったので、残してよかったと思う。今は異常に差別用語を撤廃しているが、時代背景はやはり重要かと…。
盛り上がりもなく平坦なまま終わるが、それもまた味がある終わり方だった。
我々人間は
我々はアギーレに先導されて全滅に向かう筏に乗っているのではないか?
南米奥地のそのまた奥の奥での撮影がものすごい迫力を生んで画面の緊張感は半端ない
神の怒りとは、キンスキー演ずるアギーレの台詞
自らが地上の神と等しい絶対的存在として暴力を無制限に行使するとの意味だ
だがそこはどこか?
南米奥地未踏の川を下る筏の上のこと
そこにいるのはこの時点で十数名に過ぎない
ラストシーンに至っては、そこには猿だけが彼の人民なのだ
胸糞の悪い現地での征服の有り様と滑稽さ
そしてアギーレの狂気
現代の戦争の寓意としても読めるだろう
公開当時、ドイツは東西に分断され冷戦の最前線となって核を含む大兵力が日夜一触即発の状況で対峙していた時代なのだ
全滅してまでエルドラドを探し求めて戦い続けるのか?果たしてエルドラドは実在するのか?
我々はアギーレに先導されて全滅に向かう筏に乗っているのではないか?
それを問う映画でもあるのだ
それ故に21世紀に生きる我々にとっても、特に米中の新冷戦の最前線にいる日本人には観る意義がある
何より中国の人にこそ、観て欲しいと願うばかりだ
3.6
あまり、上手くないような気がしました
ずいぶん、有名な作品のようでしたけど、私としては、あまり感心しませんでしたね。
キンスキーの実人生さながらの狂気を期待していたのですが、まったくそれが感じられなかったですね。狂気を見せずに、狂気を台詞で語ってしまうのも、私としては乗り切れない感じを強めてたと感じます。
ウルスラが奥地へ連れ去られるシーンにしたって、先に日記の記述で何が起こるかナレーション入れちゃうんですもの。ドキドキする感じがないですよ、それじゃあ。
むしろ、そうしたドキドキを徹底的に排するのが意図だったっていう感じもしなくないですが、それで映画を維持できるだけの画力がなかった感じがします。
有名作品でも、好き嫌いはあるってことで、お許しを。
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