「仮面を剥ぎ取る」アイズ ワイド シャット abokado0329さんの映画レビュー(感想・評価)
仮面を剥ぎ取る
キューブリックは真面目な変態なんだと改めて思った。
ビルは、妻・アリスが旅先で偶然あった男に欲情したことにショックを受け、その事を空想しながら、一夜の「逃避行」をする。
ビルは、その「逃避行」で患者の娘や商売女らとファックしそうになる。けれどやらない。なぜか。それは結局ビルがアリス以外の女を愛していないからだ。
ここに本作の真面目さが現れていると思う。本作は裸体が頻繁に現れ、後述する儀式シーンやセクシュアルな主題のために、性的に奔放な世界観と思いがちである。だがラストシーンのアリスの象徴的なセリフのように、「あなたを愛している。だからファックする」という原理が本作の根本にはある。つまり「好きな人としかセックスをしない」という極めて正常で真面目な世界観なのである。
ビルが迷い込むあの儀式とは何だろう。参加者は仮面で顔を隠し、「愛」ーキスの素振りが儀礼行為化しているのを確認できるーを儀式化し、ファックするあの儀式は。きっとあの儀式は「ファックするためにファックする」世界なのだ。ファックできれば誰でもいいから、仮面で顔を失い、誰でもない他者とファックする意味を儀式化した「愛」で偽る。
仮面を被った女が「戻ってこれない」といい、身代わりになるのは、この儀式の際限なさと空虚さゆえだろう。参加者は性的欲求に従ってファックをするが、そこには他者も愛もない。事後には欲求の解消はあるが、再び欲求は現れてしまう。だから悲しい。参加者は「ヤり過ごす」ことしかできない。
すると「あなたを愛している。だからファックする」というのは大事なことであり普通のことではあるが、実際に行うのは難しい。ビルとアリスもなんとか夫婦生活を「やり過ごす」ことはできていたが、それは夫婦という仮面を被った状態でもある。序盤の知り合いがほとんどいないパーティーシーンで夫婦の体裁を繕っているのがその象徴だ。だからパーティー後のビルとアリスのセックスは、「愛しているからファックする」のではなく、「夫婦だからファックする」故にルーティン化されたものなのだろう。
「あなたを愛している。だからファックする」ためには、どうすればいいのだろうか。それは「おっぱいをみるのではなく、顔をみること」なんだと思う。ラストシーンが儀式シーンのようなスペクタル性に富んだものではなく、ビルとアリスの顔にクローズアップしたショットで構成されているのはそのためだろう。夫と妻という仮面をクローズアップによって剥ぎ取り、顔をみる。顔をみれば会話が始まり、「あなたを愛する」ことも始められる。そうすれば大事な「ファックする」ことができる。
ビルとアリスはあのあとファックするのだから、私たちはまず仮面を剥ぎ取ることから始めなければならない。