「美しい映像とやり切れない内容」雪夫人絵図(1950) talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
美しい映像とやり切れない内容
おひい様の美しさは、冒頭で語られる濱子(久我美子)の言葉から期待で胸がいっぱいになる。しばらくしてやっと姿を現すおひい様=雪(木暮美千代)の嫋々とした美しさは期待を超えた。髪型といい、顔の白さと品の良さといい、着物(紗の着物)といい着つけといい、おひい様で「雪夫人絵図」だった。そんな彼女に勝ち気な言動は似合わないし、強固な意思も期待できない。雪の前で放蕩養子の夫は嫌らしく暴力的で、かといって彼女あっての遊び三昧だから雪を手放すことは絶対にない。雪の心の頼りはお琴の先生だけだが、こいつも「あなたはもっと強くならなくては」と理想論をこねるだけで、雪の為に夫に正面から素面で物言う自信も気概もない男だ。
旧華族が経済的にも文化的にも生活のあり方でも大きな変化にさらされて壊れていくのは段々にというよりあっという間で儚い。おひい様過ぎた雪が可愛そうでならない。そうでない旧華族も居ただろうが、天涯孤独の雪は変な男しか周囲に居なくて食い尽くされてしまった。朝靄の芦ノ湖に雪の帯締めと帯揚げを濱子が投げ入れて投げつける言葉は、冒頭の言葉があるから余計に悲痛に響いた。
talismanさん、返信ありがとうございます。
戦後しばらくの溝口作品では「歌麿をめぐる五人の女」を見逃しているので断定はできませんが、「夜の女」で溝口演出が復活したと思いました。田中絹代が弁護士を演じた戦後第一作「女性の勝利」と女優松井須磨子を演じた「女優須磨子の恋」はGHQに配慮した女性映画で堅ぐるしさがあり、溝口監督らしさがありません。戦前「伊豆の踊子」「愛染かつら」で清純スターだった田中絹代が、女優開眼して挑んだのが「夜の女」です。後の「西鶴一代女」に通じる、転落する虐げられた女性像を熱演しています。また作品の内容では遺作「赤線地帯」に類似していました。時代や男性に翻弄される女性を厳しく描くのが溝口映画の真骨頂ですね。
着物の着付け方で身分がわかるtalismanさんの慧眼には、いつも感心しながら的確な応答が出来ず、すみません。溝口監督は古美術から絵画、陶器など、恵まれた出自ではないのに映画監督をしながら相当勉強されたようです。それが美術や装置、衣装まで細かく目が行き届いた演出になったのだと思います。小津監督、黒澤監督と同じく教養豊かな文化人でした。
この時期の溝口監督は低迷期で、監督自身上手く行かなかったと言っています。松竹に「西鶴一代女」を提案したら断られ、新東宝系のプロデューサーにこの企画を薦められて、西鶴をやらせてくれるならと受けた作品です。監督自らやりたい企画を当時の映画会社は理解していませんでした。その意味では小津監督と黒澤監督は、まだ恵まれていたと思います。
当時の流行小説、一寸エロチックで評判を呼んだ題材を試行錯誤で脚本を書き直したとあります。作品としては傑作ではありませんが、私の好きな作品です。この仕事があって「西鶴一代女」が生まれたのですから。戦後の社会リアリズムから昇華した、「雨月物語」にも通じる幻想的な演出も見られます。元華族の没落を男女の愛欲と情念で描いた、溝口監督の人間愛を感じられる映画として思い出深い作品です。