「ほうつほうつと蛍は飛ぶか? 地方自治とは何かを問う長大作。」柳川堀割物語 たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
ほうつほうつと蛍は飛ぶか? 地方自治とは何かを問う長大作。
福岡県柳川市を流れる掘割(水路)に焦点を当て、人々が掘割とどのように付き合って来たのか、そしてどのように付き合うべきなのかを問うドキュメンタリー。
監督/脚本は『パンダコパンダ』シリーズや『じゃりン子チエ』で知られる伝説的アニメ監督、高畑勲。
製作を務めるのは『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』で知られるスーパーレジェンドアニメ監督、宮崎駿。
時は1984年、宮崎駿の個人事務所「二馬力」は宮崎駿、高畑勲、鈴木敏夫、押井守などが屯する、アニメ界の魔窟であった。
ある時、彼らの中で一つの企画が立ち上がる。それは水質汚染が著しかった柳川市の掘割が、市民の手によって復活を遂げた、という事実に基づくアニメーション制作である。
早速その企画に飛びついた高畑勲が柳川市へ飛んだ。
柳川の景観を見た高畑は感銘を受け、これはアニメーションではなくドキュメンタリーとして制作すべきだ!と無理矢理方針を転換させる。
いや、そんな金ねーべ。どんすんベェ…。
と悩む宮崎駿の元に大金が転がり込む。それは『風の谷のナウシカ』成功による著作権料。
『ナウシカ』制作時、鈴木敏夫の策略により、興行収入等の利益配分が監督本人にも発生するような契約書が作成されていた。
その結果、これまで会社からの給料で収入を得ていた宮崎駿に大金が舞い込んだ訳です。
『ナウシカ』は興行収入14.8億円の大ヒットだったわけですから、そこから製作費約2億円、宣伝費諸々でさらに2億円くらいかかったと考えて、それを差し引いた上で仮に1割が監督の元に入ったとしても1.1億円…😲
ぼろ家から引っ越したい…。欲しい車もある…。
だが、宮崎駿はこの収入を高畑勲の映画に全プッシュ!
狂気の沙汰ほど面白い…!ザワ…ザワ…
さぁ、そこからどうなるか!?賢明なアニメファンならご存知でしょうが、高畑勲は製作期間を守らない!1年で制作を終える予定が、一向に終わらない!
結果、資金も底をついてしまい、このままでは宮崎駿の自宅を抵当に入れるしか無い…、というところまで追い詰められる訳ですが、そこで鈴木敏夫が「もう一本映画を作りましょう」と鶴の一声。
それで作られた会社こそ、皆さんご存知「スタジオジブリ」!出来上がった作品が『天空の城ラピュタ』!
「怪我の功名」とは正にこのこと。この出来事をそのまま広辞苑に載せたい。
ちなみに、『ラピュタ』のプロデューサーを高畑勲に務めてもらう為に鈴木敏夫が頼みに行った際、二人で公園を散歩していると高畑勲が一言。
「この辺りには高級な住宅が沢山ありますねぇ。僕がこんな映画を作らなければ、宮さんも立派なお家に住めたのにねぇ。はっはっは😋」
…あんたは悪魔かっ!!?
因みに、『千と千尋の神隠し』のOP。車のバックシートに不貞腐れた千尋が寝転がり、舞台となる街に引っ越してくるという印象的なシーンは、実はこの映画の没になったOPシーン。
汚れた川の神様をみんなで掃除する展開とか、この映画からインスパイアされたと思われるところも多い。
この悲劇をのちの大ヒット作品に繋げるとは、転んでもタダでは起きない男、宮崎駿は凄い。
とまぁ、この映画はジブリの歴史を語る上で、最も重要な作品の一つではあるが、今日では殆ど忘れられている。
たしかに地味な題材ではあるが、鑑賞してみると中々に興味深く、勉強になる内容であった。
ただ…。
な・が・い・よ!長すぎるよー!
上映時間165分、全11章で構成されたこの映画。ボーナス・トラックである終章まで含めると実に3時間を超える大作である。
本作の実質的な主人公は、柳川市役所で都市下水路係長を務めていた広松伝さん。
この方がとにかく立派なお人で、汚水と化した掘割をコンクリートで埋め立て、そこを下水道にするという計画に対して毅然とNOを突き付ける。
何故柳川市にはこれだけ多くの掘割があるのか、という理由を歴史的、地理的な研究により解き明かし、掘割を失えば柳川は沈没することになる(比喩的な表現では無い)ということをロジカルに説明し、行政や地元住民の説得しながら掘割復活を目指した。
本当に公務員の鑑や!
…なんだけど、この主人公が当時するのはなんと100分を超えてから。100分間は主人公不在のまま話が進む。
勉強が趣味という東大出身の高畑勲。物事をとことんまで追求しないと納得しない。
そんな人間が作ったドキュメンタリー映画なので、とにかく話がディープ。
掘割再生物語のはずが、筑紫平野がいかにして成立したのかとか、柳河藩と久留米藩の矢部川上流における水争いとか、地元のお祭りの様子とか、そういうところまで掘り始めてしまう。
勿論そういった話を説明しておかないと、何故柳川市に掘割が存在するのか、それと民衆がどのように付き合ってきたのか、何故掘割を復活させないといけないのか、という話まで発展出来ない、というのはわかる。
しかし、これはディープ過ぎる…。
娯楽性が一切無く、高校の地理の授業を受けているような気持ちになった。
これが180分続くのか…。
たしかに地味で辛い。殆ど苦行のような作品。
とはいえ、知的好奇心は満たされる。
柳川市や佐賀県の出身だという人なら、結果楽しめるかも。
佐賀県の大雨被害のニュースをよく聞くのはこういう土地柄だからなのかー。とかね。なんか勉強になった。
筑紫平野の成り立ちと、それによる有明粘土層。これが水害と掘割を読み解くキーワードなわけね。
地方自治とは何かを今一度考えたくなる一作。
昔の人は自然と向き合い、その土地の風土に合わせた都市デザインを行っていた。
それを忘れて画一的で効率的な都市作りを進めると、結局は痛い目に遭いますよ。
自然と共生することこそ、最も効率的な都市デザインなんですよ。煩わしいけどね。
というお話。行政に携わる人や、都市デザインのお仕事についている人は100回観るべき映画。
…一般人は1回観たらお腹いっぱいになるけど。