劇場公開日 1970年8月8日

「地獄にこそ快楽がある。」無常 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0地獄にこそ快楽がある。

2022年10月18日
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鑑賞方法:映画館

監督実相寺昭雄、仏像、この二つに興味を惹かれて見たのだが、おおその展開か!とちょっと面食らう。それでも、監督ならではのアングル、カメラワークは、首元つかまれて引きずり込まれていく快感でもある。そして、ちょっとどこかで人間に化けた怪獣が出て来やしないかという妄想。出てくるわけはないのだけれども。
終始無感情のような正夫の思惑は何だったのだろう。家を継ぐことに反抗しただけの青二才には見えない。単なる性欲のはけ口とも思えなかった。結末がすべて正夫の筋書きだとしたら(例えば姉との事も姉を実家に縛り付けるため、自分が実家から抜け出せるための人身御供)、恐ろしい。なんだか、クールにウルトラセブンを諭す理知的思考を持った怪獣が正夫に姿になっているんじゃないかとさえ疑う。やばいなあ、山本耕史の顔がちらつく。そっちに意識引っ張られすぎる。
そしてラスト。まるで落語「死神」の無数のロウソクを思い起こさせるシーン。そこで出てくる婆ちゃん。やはりね、一人っ子もしくは男一人の兄弟は婆ちゃんっ子が多い。のび太をはじめ、そんな気がする。もしかしたら、石仏や仏像に求めているのは婆ちゃんの面影なのだろうか。たいていの悪さは婆ちゃんがかばってくれた幼少期、そうやって育ってきたから、姉や使用人の人生をめちゃくちゃにしようが、坊さんを言い負かして悦に入ろうがお構いないなのだ。婆ちゃんの存在が人格形成において大きな影を落としているんだろうなあ、とラストに強引に説得させられた気分。

栗太郎
栗太郎さんのコメント
2025年5月3日

ごめんなさい。自分で高評価をつけておきながら、あらすじさえも思い出せず何の返す言葉もありません。

栗太郎
だるちゃさんのコメント
2025年5月3日

唐突に描かれる、あの老婆のシーンだけが理解不能でした。石ころに、自分が破滅させてきた人達の姿を見ても、反省の色さえ見せない無感情さが空恐ろしく感じました。でも、最後に明らかな殺人を犯しているのに、その後どうなったかが描かれないままだったのには釈然としないモヤモヤを感じました。奉公人を騙して間接的に自殺に追い込んだのはまだしも、最後の犯罪はどう考えても逮捕されると思うのですが。

だるちゃ