「昭和33年のトリック」彼岸花 赤ヒゲさんの映画レビュー(感想・評価)
昭和33年のトリック
舞台となる昭和33年頃からは一世代後ですが、昭和人である自分にとっては、すべてが懐かしい世界でした。たぶん、それだけでかなり没入してしまったように思います。小津作品はほとんど観てなくて、20年以上前に代表作「東京物語」(53)を観たとき、全く面白さが感じられず、自分の感性に合わない作風なのかなと思っていました。ある意味リベンジのような、でも、メインディッシュは後にとっておこうみたいな感じで恐る恐る本作を観ました。やはり、歳をとってわかるのかなというのが率直な感想ですね。平山渉(佐分利信)と妻の清子(田中絹代)は夫唱婦随の典型のような夫婦で、今の時代から観るとダメ出しされそうな言動のオンパレードですが、その時代なりの夫婦間、あるいは親子間の深い愛情が感じられて、嫌悪感はありませんでした。ご夫婦を演じている佐分利信さんと田中絹代さんがとにかく魅力的で、それは欠点の全くない優れた人物ということではなく、当時のごく平凡な日本人がもっている良識や感情をとても自然に表現されているというところで親近感がもてたように思います。すべてのカット、台詞に無駄がなく、今であれば2倍速で飛ばされてしまいそうな多くを語らないシーンでさえ後に尾を引くような深い味わいがあり、これが世界で賞賛される小津映画なんだな~と今更ながら感激してしまいました。今作に惹かれたもう1つの理由は、山本富士子さんの存在です。本作は脇役もしっかり活き活きと描かれていて、山本富士子さんも脇役ですが、扮する佐々木幸子のキャラクターが本当に魅力的で、とりわけ平山渉にトリックの話をするシーンの可愛らしさ、人としての美しさは、永久保存版の名シーンのように思いました。あまりに美しすぎる、この世には存在しえないかのような、武者小路実篤の世界観をふと思い出しました。