「コミカルな演出の中での、東山さんの表情。 胸を突かれる。」麦秋 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
コミカルな演出の中での、東山さんの表情。 胸を突かれる。
東山さんの台詞はそう多くない。
母としての気持ちを述べ、息子に叱られて複雑な表情をすることもあるが、基本は何気ない日常会話か、夫の言葉の繰り返し、相槌。
だが、時折、台詞なして見せる悲しげな表情。こんなワンシーンだけで、とてもその情感が迫ってきて、胸を突かれる。なんてすごい女優さんなのか。
娘の結婚を巡る話。
1980年代でさえ、女性の結婚はクリスマスケーキに例えられていた。25過ぎると売れ残り。あとはバーゲンセール。
だとしたら、1950年代はどうみられていたのだろう。終戦から6年後。紀子の最適婚期には年齢の釣り合う男性は戦争に取られたか、終戦後は、次兄・省二のように、帰還のドタバタで、縁がなかったのだろうか。とはいえ、作中では、紀子が結婚する意志がなく、周りをやきもきさせていると描かれている。
『紀子3部作』の真ん中の映画。
まだ、『晩春』は見ていないし、小津監督映画もまだ数本しか見ていない。
鑑賞している中では、原さん演じる役の中で、初めて自分の考えをビシバシ言っていた。
他の作品は、”世間”の目を気にしたり、”婚家を含む家族”に遠慮する女性を演じることが多かったのに。『東京物語』ではラスト近くに思いを吐露するが、それ以前・その吐露しているときでさえ、”良い嫁”としての側面を見せ、その本心との揺れを見せてくれる。
紀子だけではない。親友のアヤも自分を貫く娘。他の既婚組も、世間体で無理に結婚したというより、「結婚は良いものだ」と自分の意思をしっかり持っている。兄嫁・史子は家族のために働いているが、夫や舅・姑の許可なく、ホールケーキを買って(しかもかなりの高額!)、自分たちだけで食べているとか、自分の意思を示す。夫唱婦随的に夫婦で協力し合う場面でも、夫・康一は、史子を頼り、史子もきちんと自分の意見を表明する。
この映画では、生き生きとした女性たちが次々出てくる。
大家族。両親世代はすでに隠居して、長男・康一が家長となっているのか。と言っても、康一夫婦は両親を立てているようだが。
上流~中流の家では、結婚はまだ家と家の繋がり。たとえ恋愛でも、形だけでも、仲人を介して、”家”として、家長の承認を得て決める頃。封建的な家では、家長がすべてを決めてと言うところもあったが、間宮家では、娘の意思を尊重している。
そんな世間の風潮と、職業婦人となった娘の想いを描いていく(と言っても、職業婦人としての気概はない)。
うまくまとまるかと見え、最終的に周りの心配をまったく顧みず、紀子は自分の意思を貫き、自分で結婚を決めてきてしまう。
それに面喰い、それぞれの反応を見せる両親・兄夫婦。
兄嫁は「自分は何も考えずに嫁いできた」とわが身と紀子を比べるから、仲人からのお話でまとまったのだろう。
そんな価値観を持つ家族の中で、紀子の結婚はどうなるのか。
そんな戦前・戦中と、戦後の価値観の変遷を描いた映画。
軍部の価値観を押し付けられた時代から、家族の価値観にからめとられながらも、それぞれの価値観で動いていくさま、女性の意思を、喧嘩しながら、話し合いながらも、認めていくさまが、キラキラと輝いてまぶしい。
そんなドタバタを見せながらも、父が繰り返す「私たちは良いほうだよ。欲を言えばきりがないが…」も心に響く。
足るを知る。今あることに感謝する。その価値観が平安を与えてくれる。
戦前・戦中、軍部の台頭を許してしまった両親世代が、父の兄に促されて、隠遁するのも、新しい世への期待と見えてしまう。
というように、社会の流れ、家族の変遷を描いているが、
同時に、1950年代の社会・家族の記録。
上級~中級階級の生活様式が垣間見える。
尤も、私には面喰うことも多いが。
パンを蹴った子どもを叱るのは当然に思えるのだが。
意外に台詞は言い切り短文で、乱暴に聞こえる。演じる役者たちが品が良いので下世話に見えないが。
料亭の有様。
料亭にいる上司の間に挨拶に行くのか。料亭の女将・中居の仲介で人脈を広げていくのか。
などなど。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
≪以下、ネタバレ≫
紀子は、次兄・省二の親友である矢部を選ぶ。
条件の良い(旧家の次男であり、大企業の常務)である男との縁談に気持ちが動いていた家族は慌てる。
やはり、家柄、社会的地位、収入が多いほうが幸せになるという価値観。勿論、世間的に人柄は悪くないらしいという点はしっかり押さえている。
母は母で、紀子くらいの美貌があれば、お手伝い付きで、まるで童話のお姫様が嫁ぐ先のような結婚を夢想していたりする。
それが、バツイチでコブ付きを選ぶなんて、苦労するに決まっていると決めつける。雇われとはいえ、医者なのだから、収入が低いということはないのだが。
しかも、母・しげのたみへの対応や、良家の家屋を比べると、間宮家より矢部家は格下なのか。康一は矢部の人事権を持つ上司であり、その点でも、格が違うという認識なのだろうか。
私からしたら、どんな人柄で、次男とはいえ、どんな親族がいるのか判らない先に嫁ぐより、
長年お互い気性を知っている家族に嫁ぐ方が安心だと思うのだが。
コブ付きだが、紀子には甥っ子たちを世話している実績もある。コブたる矢部の子どもの気性も知っている。
ましてや、同じ小説を読みあう仲でもあり、趣味・嗜好もあっている。
熱烈な恋心はないけれど、安心感はある。
「40歳まで、独身でいた人は信じられない」という言葉には、「貴方だって”行き遅れ”と言われる年齢なのだから、それを言うのはおかしい」と言ってやりたいけれど。
結婚の条件は今も昔も変わらない。
その、「でかした!」というたみの仕事だが、矢部は素直に喜べない。
母に何から何までお膳立てされて、男としてのプライドを潰されたように感じたか。
上司である康一の反応を考えてしまったか。
独身への決別。
世間的に、まだ、女性が独身を通すのは難しい時代。
ましてや、家族は紀子の意思を無視する人たちではないが、もろ手を挙げて大賛成と言うわけでもない。
不安だったり、生き方を変えねばならない気持ちだったり、安心した巣からでなくてはならない寂しさ。
胸にしみた。