「廃市に郷愁と愛を込めて」廃市 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
廃市に郷愁と愛を込めて
大林宣彦監督1983年の作品。
古い歴史を持つ小さな運河の田舎町が火事で焼けたというニュースを聞き、一人の男が思い出す。かつてその町で過ごしたひと夏の事、出会った美しい姉妹の事、抱いた淡い想いの事を…。
劇中では“架空の町”とされているが、撮影は福岡県柳川市で敢行。
スタッフと共に夏休みで訪れたこの町の美しさに魅了され、僅か2週間で撮影したという。
本当にそれも頷ける。劇中でも例えられていたが、日本のベニス。
ロケーションや名カメラマン・阪本善尚による映像に陶酔させられる。
水の町。劇中ほぼ終始流れる水の音が心地よい。
ユニークであったり、独特であったりの印象がある大林演出だが、本作ではシンプルかつ詩情豊かに。
登場人物たちの心情も繊細に綴る。
ナレーションも大林監督自ら務め、何処となく主人公とリンク。
ノスタルジーに浸れる作品こそ、大林監督の真骨頂。
10数年前、卒論執筆の為、この町を訪れた大学生時代の江口。一軒の旧家にお世話になる。
広い家には美しい娘・安子、祖母、お手伝い、若い船渡し、そして姉夫婦が住んでいたが、姉・郁代の姿は見えず…。
ある夜、女性の泣く声が…。
暫くしてやっと会った郁代。夫との関係不和に傷付き、身を隠していた。古風な性格。
郁代の夫・直之は他に女性が。しかし、郁代の事を深く愛している。
明るく魅力的な安子。そんな彼女に江口は次第に…。
が、安子がずっと想いを抱く相手は…。
4人の男女の複雑な感情が交錯。
新人の山下規介を小林聡美、根岸季衣、峰岸徹ら大林作品常連キャストがバックアップ。3人がさすがの名演、体現。
尾身としのりも印象的に好助演。
美しい芸術性の高い作品。
その一方、死や廃れゆく陰も。
日本にはどれほどあるのだろう。死んでいった町が。
ほとんどの人が存在すら知らないだろう。
が、あの町で生き、暮らし、僅かでも過ごした日々やそこで触れた淡い想いは永遠に忘れない。
廃市に郷愁を込めて。