「恋はドォキ‼ドォキ‼するけど 愛がラァヴ♡ ラァヴ♡するなら~」PERFECT BLUE パーフェクトブルー モアイさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 恋はドォキ‼ドォキ‼するけど 愛がラァヴ♡ ラァヴ♡するなら~

2025年11月25日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

怖い

興奮

斬新

と、聞いているうちにドンドン脳みそが耳から垂れ流れていきそうな歌詞が粗製乱造のチープな打ち込みサウンドにのって唄われ、フリフリの衣装でヌルヌル踊る3人組。1997年(日本公開は1998年)と言えばもう安室奈美恵はギャルのカリスマで結婚した年だし、SPEEDだってブレイクしていた訳で、唄って踊る女性シンガーはエナメルかナイロンの衣装に身を包み“アイドル”ではなく“アーティスト”と呼称されていた時代である。そんな時代にコレはどう考えてもダサいのだが、キャリアの岐路に立たされた主人公:ミマの日常がインサートされながら描かれる彼女のラストステージの模様は、否が応でも作品世界に惹き込まれる圧巻のオープンニングである。そしてなによりどう聞いてもチープなハズなのに脳裏にこびり付いて離れないこの曲、「愛の天使」……。本作にはいくつかのヴォーカルソングが流れるのですが、私はこの作品を何度見てもやっぱりこの曲しか頭に残らず、気付くとミマたちのステージを一眼レフ越しに見つめる“追っかけ”たちと同じ死んだ魚の目をしながら口ずさんでいるという恐ろしい曲なのです。(それにしても飛んできた空き缶を踊りながら躱すミマリンは何度見てもかっけぇー!)

そして後はもうただただシーンを巧みに繋げ時間を自在に操る今敏監督の手腕に惑わされるだけの90分。扱った題材と監督の映画哲学と演出技量の嚙み合い具合はもしかしたら「千年女優」(02年)など後の作品の方が高い次元にあるのかも知れませんが、私にとっては監督の処女作である本作が一番丁度よく楽しめる範囲の混乱具合で好きです。「羊たちの沈黙」(91年)のヒットから日本でも爆発的に(何なら今もなお)制作されたサイコスリラー。本作はその中でもストーリー自体はかなりシンプルな方だと思うのですがそれを抜群のセンスで編集し、このジャンルのトップレベルの作品にまで押し上げている感じなのです。

私のような素人にも分かり易く映画作品が“編集”という作業でどれだけ印象が変わるのかを教えてくれた作品であり、巧みな編集技術はもちろん、編集した後のシーンの繋がりを意識してキャラクターの動かし方(演技)や画面の構図が計算されているのだろう事が察せられ、分かり易く凄いと感じるのです。(本作と同じように私に“編集”の重要性を教えてくれた作品にクリストファー・ノーラン監督の「メメント」(00年:DVD特典の時系列編集版と見比べて)と「グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー」(89年:テレビ東京放送版とノーカットのビデオ版を見比べて)があります。)

所属事務所の方針でアイドルから女優への転身を図る主人公:ミマ。ミマが演じるドラマの登場人物:ヨウコ。そしてヨウコはドラマの中で自分を姉のリカなのだと思い込んでいるという、多重構造の上にさらに身に覚えもなく更新され続ける自分のホームページ。アイドルを続けていた場合のミマ。そのアイドルを続けたミマもミマ自身が思い描く理想の自分なのか?他人から『こうあって欲しい』と求められる他人にとっての理想の姿なのか?それらが判然としないまま幾重にも折り重なり、クンズホグレツしつつ入れ替わりながら複雑に絡み合って次第に混乱の度合いを強めていくミマ。そしてそれを観る観客もミマと一緒になって混乱していく事になるのですが、映画という虚構を観客という立場で観るのなら、この混乱も楽しい体験へと変わる。そんな極上の体感型の面白さも持った娯楽映画なのです。

本作は非日常的な体験をさせてくれる映画ではありますが、その娯楽性は【『やっちまった!』と思った瞬間に目が覚めて『夢だったのか…』と胸を撫でおろす】という、誰もが経験したことがあるであろう感覚を基にしていると思いますので、普遍的な面白さを持った映画だと思うのです。ですが結構いろんな角度でエグい描写が多いのでその点人を選ぶのかも知れません。ただ今回劇場でのリバイバル上映を鑑賞してきて驚いたのが、女性の多さ!制服を着た女学生や、私と同じ年頃の淑女に、迷彩柄のダウンを羽織ったすんごいアグレッシブな音楽が好きそうな女子の姿まで様々で、私のような死んだ魚の目でミマリンを見つめるオッサン連中は割と少なかった印象です。
私はそもそも今回、劇場へは「ガメラ 大怪獣空中決戦」(95年)のリバイバルを観に来たのですが、劇場のスケジュールに「ガメラ~」の後に約1時間のインターバルで本作が上映される事を発見した瞬間、頭の中で『恋はドォキ‼ドォキ‼するけど~』と、あのメロディーが甦ってしまったので観てきました。連休中の人でごった返す映画館はしんどかったですが、どうせ皆他の作品を観にきているのだろうと高を括っていたのに、スクリーンに入ると両作とも大盛況なのです。さすがに一月前に観た「もののけ姫」(97年)程の入りではないのですが両隣にミッチリ人が座った前から3列目の席でスクリーンを見上げての鑑賞でした。この席しか取れなかったからなのですがスクリーンの間近で見ると描かれた線の擦れや背景とセルの間の影まで確認出来て、作り手の痕跡を見られた気がしてこれはこれで趣のある鑑賞体験でした。

何故いま本作がリバイバル上映されたのかな?と思ってみると今敏監督が早逝されてかもう15年も経ったことに気づき、改めて失われた才能の非凡さに思いを馳せずにはいられないのです。

モアイ
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