トキワ荘の青春のレビュー・感想・評価
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モッくんはテラさん!?
久々の鑑賞!何だか淡々と進んでいき、筋の通ったストーリーは無い!エピソードを繋げただけ印象!トキワ荘は良く出来て居た!今のミュージアムとは階段の幅が違うように感じたけど・・・!?後、松葉の出前って裏から入るんじゃ?
漫画道の哀歓
トキワ荘で繰り広げられる漫画家たちの努力と苦悩が淡々と語られる。冷静な主人公の眼差しを通して。感情の激しさや汗やタバコの匂いなんかそぎおとしているのが物足りない感じもするが、そういったモノを敢えて落としたと理解。
高度成長と共に貸本屋からマンガ雑誌に主流が変わっていく時代か? 時勢に乗り売れっ子として活躍し始める後輩たち。それを横目に、自分の信じる丁寧な作風は、もはや時代遅れとなり静かに去る。そこに武士道を感じる。本木雅弘の演技が光る。
藤子不二雄、石森、赤塚... 大作家の急上昇との対比かなあ。そこに悔いはなく、酸っぱい哀しさが残る。
2016/7/10
荷台で読む漫画を追う主人公
自分は昭和40年代前半生まれで、子どもの頃からマンガを描いていたしトキワ荘の面々も観る前からファンとして存じ上げています。
市川準監督作品はいつも、いい雰囲気だとは思いますが映画的に面白いと思ったことはありません。退屈だからです。
それを踏まえて云えば、予想以上にいい映画でした。
観客を選ぶし、おことわり通りフィクションであります。
ですが、それで良かったのだと思う。
この不親切な切り口と羅列にしか見えない構成が、それら改善すれば面白くなるだろう余地よりも観る人をその場へいざないたい監督の拘りを成功させている。
「勉強しているねえ…描こう描こう!」
編集の丸山氏と赤塚先生のシーンが最高に好きです。
石森先生の後押しといい、誰でも浮上するきっかけが欲しい。そこを素直に顔を上げた者だけが前を歩けるのではないか。
あと、若き藤子先生たちを〈自分よりも手塚先生しか見ていない事〉を解った上で相手をするテラさんのやるせない表情を演じ切った本木氏を評価したい。
テラさんも森安氏も浮上してほしかったなあ。
歳を経ると、しみじみ感じる。
昭和ノスタルジー。伝説の漫画家たちが集ったトキワ荘。そう、まさに彼...
昭和ノスタルジー。伝説の漫画家たちが集ったトキワ荘。そう、まさに彼らの青春。
超有名どころしか知らない私は、中盤まで、いや一部は最後まで誰が誰か分からなかった。失礼ながら主役までも。本作、昭和の漫画事情への理解の有無で面白みがまるで違うのではないか。
主役、寺田ヒロオにもう少しスポットを当てた描き方もあったのかと思う。もっくんが演じてなければ主役かどうかも(笑)
昭和世代ならぜひ。
あんなアニキ分がいたらいいよね〜
トキワ荘のことはよく知らなかった。ただ、手塚治虫他有名な漫画家たちが住んでいたアパートだったことぐらいしか… でも、考えてみたら、当時は漫画なんて教育に悪影響を与えるものだと思われていたと思うので、彼らが集まって、共同生活を送っていたのは、さぞかし心強かったのではないだろうか? みんなで漫画について熱く語り合ったり、連載に穴を開けないようにフォローしたりといろいろ… その中心にいたのが、寺田さん。私は知らなかった。彼がどの人なら入居してもいいとか選別していたらしい。それだけでなく、相談に乗ったり、お金を貸してあげたり、トキワ荘のリーダー格だったようだ。漫画家としては後世に残らなかったけれど、藤子不二雄はめちゃくちゃ感謝して、漫画にしているくらいだし、大事な存在だったようだ。私はその漫画への考え方「子どもたちに理想を教えるもの」には同意しないけれど、その存在は価値あるものだったと思う。また、配役にも驚かされた。当時はまだ無名だった阿部サダヲや古田新太などが起用されていた。市川準監督、お目が高いですね。
漫画文化の中心地
こんな環境の特異地があるんだな。
才能もあったんだろうけど、切磋琢磨や連帯感でみんな頑張ったという。
それが、淡々と描かれていた感じだった。
もっと泥臭いところもあったんじゃないかと思ったりする。
往年の漫画ファンにはたまらないだろうな。
成功する人がいて、夢破れて方向転換する人がいて、それが人生、、、と読めた。
それでも漫画(人生)を描いていく
先日、藤子不二雄A氏が死去。
正直自分はA氏よりF氏好きだが、それでも作品は見ている。
最後の共作『オバケのQ太郎』に始まり、『忍者ハットリくん』『怪物くん』『プロゴルファー猿』…。
中でも印象深いのは、『笑ゥせぇるすまん』。
まだ子供だった私にとっては強烈で、異質の作品だった。ちょっと苦手意識さえ持った。
一貫して子供漫画を描き続けるF氏に対して、A氏はブラックユーモアの大人向け。
だからかどうしてもA氏よりF氏の方に魅せられた訳だが、それでも“藤子不二雄”名義の共作でスタートし、後にコンビを解消し、子供向けでもあり大人向けでもある独自の世界観や作風、個性を築き、日本の漫画史に貢献した多大な功績には敬服する。
改めて、ありがとうございました。ご冥福を。
そんなA氏の漫画家としての出発点。
手塚治虫に憧れ、F氏と共に入居。
今や日本を代表する偉大な漫画家たちが若き日頃そこで暮らした、今尚漫画家たちにとっても漫画好きにとっても“聖地”。
“トキワ荘”。
その居住者には…
手塚治虫、石森章太郎、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄A…。
アベンジャーズなんて霞むくらいの“神様”ばかり。
そんな彼らの若き日を、史実に基づいてフィクションを交え描いた、1996年の作品。
もういつ見たか覚えてないくらい昔に一度見た事あるが、この機に改めて鑑賞。常々、もう一度見たいと思ってたので。
昔見た時は、まだまだこの市川準演出の意図が分からなかったのか、あまり面白くなかった印象を覚えている。
漫画や漫画家たちを題材にしているから楽しい作品と思ったら、ちっとも。
淡々と静か。退屈。夢の中へ誘われそう…。
だが改めて見て、そうであると同時に、また印象も変わった。“夢の中へ”ではなく、“夢見心地へ”。
温もりと哀切。しみじみと。
拘ったのであろう昭和の再現。雰囲気、ロケ地、美術、音楽などで、タイムスリップ気分に浸らせてくれる。
昔見た時分からなかった市川演出の意図が、今改めて見てやっと分かった気がする。
本作はほろ苦い大人の青春ノスタルジーなのだ。
そうである理由。スポットライトが当てられている人物らからも分かる。
“漫画家の卵”をメインしているので、手塚氏の出番は僅か。
その“漫画家の卵”の群像劇。
とは言っても、居住時から連載を持った石森章太郎や藤子不二雄ではなく、彼ら以外。人によっては“神様”ではあるけれど、
森安直哉。詩的で叙情溢れる作風が編集者には理解されず…。
赤塚不二夫。…いや、勿論氏は言わずと知れるほど有名。が、実はなかなか芽が出なかった苦労人。
そして、寺田ヒロオ。本作の実質主人公だが、恥ずかしながら森安氏同様、あまり存じ無く…。
トキワ荘に集った漫画家の卵たちのリーダー格。面倒見のいい頼れる兄貴分。A氏は非常に慕っていたという。
真面目な性格で、それは漫画にも表れている。
健全な児童漫画一本。
その為編集者からは、特色が無くて面白味が無いと指摘される事も…。
時代が劇画ブームとなってもそれに抗い続け、故に時代に取り残され…。
売れっ子漫画家となった後輩たちにも追い抜かれ…。
演じた本木雅弘は実直で抑えた好演魅せているが、実際の本人の心境はどうだっただろう。
苦悩、葛藤、焦り…あったに違いない。
売れっ子著名漫画家になれるのは、星の数の中からほんの一握り。
寺田氏も人気漫画家ではあるらしいが、失礼ながら手塚氏、石森氏、赤塚氏、藤子氏らほどでは…。
私も含めあまり知らない人も居る筈。(ファンの方、スミマセン!)
その漫画家人生も山あり谷あり。
漫画のように、自分の人生をスラスラと描けたら…。
でも、当然のようにそれは出来ない。
劇中で、頼みの綱の少年漫画誌が廃刊。場を失った。
やがて各々、苦楽を共にしたこの荘を去っていく。
歩みはそれぞれ。漫画家として成功した者、大成せず職を転々としながらもペンを握り続けた者、漫画の世界を後にしアニメーションの世界へ入った者、ペンを離し漫画自体から離れた者…。
我々は一部の売れっ子漫画家くらいしか知らず、憧れを抱く。
でも実際は、ほとんどの漫画家は、苦難の道。
それでも描いていく。
漫画が好きだから。
それぞれの思いで、ペンを握り、漫画(=人生)を描いていく。
1996年当時、本木雅弘はすでに役者として名声を得ていたが、周りの面々は劇団所属の無名ばかり。
が、今や日本の映画/TV界に欠かせない売れっ子に。
古田新太、生瀬勝久、阿部サダヲ…。
ちなみにA氏は、鈴木卓爾。
今見ると、レアな豪華共演。
改めて見て作品の魅力を再確認出来たと共に、色々興味も持った。
今再評価されているという森安氏。作品群の中でも、戦争時代の自伝的未完作『18才3ヶ月の雲』が見たい!
初の女性入居者。その人水野英子女史は、これまた知らない自分を恥じた。
少女漫画の“レジェンド”で、少女漫画に於いて初めて男女の恋愛物語を描いたり、ヒロインの瞳にキラキラ星を加えたりと、画期的な“初めて”を開拓。“女手塚”と呼ばれ、女史に憧れて漫画家を目指した若き女性たちは数知れず。
奥が深い漫画。
知れば知るほど、面白い。
漫画について、漫画家について、もっともっと知りたくなる。
だから我々は、漫画の世界に魅了される。
ゆったり。
この時代の映画っぽい、ゆったりと安心して見られる作品。常に2階の階段側から定点で撮ってるのがいい。いつもと変わらない景色。でも目まぐるしく変わる時代と住む人たちの様子。でももっくんがなこの役は物足りない。優しすぎてつまんない男。真面目すぎると売れる漫画は書けないのかな。トキワ荘にいるみんなが成功したわけではない。いろんな経過があってこその青春。トキワ荘の現地が観光化したことで改めて公開された作品。いつか現地にも行ってみたい。
嘘はダメですよ‼️❓ウソは❓‼️
しみじみと、名優たちが、ほのぼのとノスタルジーあふれるホームドラマみたいな映画です。
でも、本当の本物の漫画家たちとはまるで違うのです、創作だからといえばそれまでですが。
本当は、無茶苦茶で、もう少し面白くて、危うい人たちで、個性的な塊です。
こんな懐かしい感じなのも良いですが、ときわそうとはなんの関係もありません、にさせてるだけです、設定を似せてるだけです。
まあ、昔を懐かしく感じられたので、時間潰しにはなります。
少年期の漫画世界に浸りきれなく…
何という青春群像だろうか。
私の少年期の漫画世界の陰は見せて頂いた。
トキワ荘に集う漫画作家を目指す若者達は、
貧乏で、空腹で、出版社に採用されるか
不安の毎日だ。しかし、
それでも一部の漫画家は売れっ子になり、
トキワ荘はかなりの確率でそんな人達を
排出した奇跡的なアパートだったのかも
知れない。
しかし、
映画としては私の期待に繋がらなかった。
私も子供の頃に貸本屋の漫画雑誌を通じて
リアルタイムでお世話になった漫画家が
何人もいるにも係わらず、
誰が誰やら分からないまま話が進んだ。
それなのに、後段になってようやく
寺田ヒロオのアップと漫画が出てきたが、
何故各人のアップと作品を
前段で描かなかったのか。もちろん、
そのまままだ無名の人物そのものとして、
鑑賞することを期待した監督の意図が
あったのかも知れないが、
しかし、
各人の無名時代の作品でその人物を
特定出来るような絵を探し出して、
各人物のクローズアップと共に描くなどの
工夫があっても良かったのではないかと
思った。
また、場面転換のブツ切り感が際立ち、
作品の展開に流れが無い。
枚挙に暇がないが、例えば、
赤塚不二夫の才能が評価され
希望に胸膨らむ表情の次の場面、
誰かが退去した空っぽの部屋が映される。
誰の部屋なのかが分からないことは無い
のだが、唐突感が否めない。
部面転換の手法以上に
編集としてもブツ切り感があり、
上手い編集だったのかが疑問だ。
総じて、
人物描写や編集に上手さを感じられず、
ただただその時代の雰囲気そのものだけを
醸し出すだけに奔走したかに感じる作風に、
その時代を生きた人間としては
懐かしい作品や漫画家の想い出には
繋がらず、
私の少年期を飾ってくれた漫画世界に
浸りきれなかった想いが残った。
漫画家の日常
本木雅弘扮する寺田ヒロオは、一人暮らしには慣れたものの漫画家としてやっていけるのか考えていた。トキワ荘で手塚治虫から差し入れの出前を受けたり手塚治虫を訪ねて来た藤子不二雄の原稿を見たりもした。
トキワ荘は漫画家が集まっていた有名なアパートだったが、漫画家の日常を描いたこの作品は極めて地味であり盛り上がりにも欠けていたね。
昭和ノスタルジー
和やかで、どこか呑気な空気感は昭和ならではでしょうか。(良い意味で)
清廉とした寺田ヒロオを本木雅弘さんが丁寧に演じる。自己と向き合いながら、ひたすら漫画家を目指す若者達。柔らかな雰囲気が魅力の阿部サダヲさん、母親役でも色っぽい桃井かおりさん…。
この時代の漫画に通じている方にとって、たまらない作品では。
個人的には好みの作風かも。
ー被んなきゃいけないの?…コレ
NHK-BS デジタルリマスター版を録画にて鑑賞
あなたたちは若かった
有名なのでトキワ荘は知ってる。住んでた漫画家も知ってる。だけど、映画の中では誰が誰だか、区別つかない。配役と関係なく、出てる役者で言えば、阿部サダヲはすぐにわかった。古田新太はかなり終盤になって気がついた。が、生瀬勝久はエンドロールで初めて知った。みんな若かった。
話はかなりスローで、何がテーマなのか、ちょっとわからなかった。自分の表現したいことと、娯楽として求められること、両方バランスが取れて、ようやくプロとして飯が食えるのではないだろうか。寺さん、嘘とか本当とかとは違うと思う。編集者と打ち合わせしたなら、勝手に変えちゃいけないんじゃない? 掲載されなくても文句言えないよ。
NHK BSプレミアムの放送にて。
青春に明るさは不要?
BSPの放映を録画で初めて鑑賞。
昭和20年代終わり生まれの世代としては、週刊漫画誌や月刊誌で、赤塚、藤子、石森の各氏はもとより、寺田氏やつのだ氏の作品の洗礼を浴びたものです。それだけに期待もありましたが、全編を通しての暗さに参りました。みんな売れる前夜とはいえ、笑いがまったくない!
若者が集まっているのだから、笑いのない生活など、おそらくないでしょうが。
藤本氏を演じた阿部サダヲ氏をはじめ、個性はそれなりに見られるだけに、惜しいです。
暗いのは監督の意図だとは思いますが、編集者を演じるきたろう氏の笑顔に救われました。
背番号0
BSPにて鑑賞(初見)。トキワ荘についてはほんの少し知識があるだけだったので、寺田ヒロオがどんな作風なのかもわからなかった。時代は漫画全盛期となる70年代より以前の話。俺らの頃はジャンプ、マガジン、サンデー、キングが四大誌だったな~などと、ちょっと遠い目。
今風に言えば高度経済成長期におけるサブカルチャーだったトキワ荘。藤子不二雄が実は二人で一つのペンネームだった事実を知ったときは驚いた記憶も蘇り、アパートを去った手塚治虫の部屋にその二人が住んだことも感無量だったろうことも想像できる。
手塚治虫はこの頃から神様のような存在だったこともわかるし、敢えて描写を控えたのだろうか、ちょっと寂しい気もした前半部分。みんなトキワ荘の住人がみんなベレー帽を被っていた理由もこの作品だけではわからないし、つのだじろうや水野英子といった漫画家もちょい役程度だったりして、エピソードを切り刻んだだけの映画になってしまった気がします。
石ノ森章太郎の作品が後に漫画が市民権を得るきっかきになったこと。赤塚不二夫は売れていなかったこと。マンガの聖地となったトキワ荘でこのような青春時代があったのだと、ノスタルジックに浸ることができる映画ではありますが、何かが足りない。寺田(本木雅弘)が言う「子どもたちに夢を与える」理想と、商業主義に走った漫画との違い・・・時代の流れが激しいこともグサリとくるものじゃなかったような。
全体的には寺田ヒロオの作品「背番号0」の意味がそのまま芽の出ない野球選手を表しているようだったし、哀愁を強調するようだとだとあまり夢を与えてくれる内容じゃないよう!ちなみに、石森・赤塚の二人が中川家だと感じたことは内緒です。
小さな佳作。世代によるね。
時代の変遷と同じく、漫画もアニメも日々更新変化されていく、紙の少年漫画誌の衰退もあるだろう、今後も
だから昭和の漫画家の大物、スター漫画家を輩出したトキワ荘を描いたこの映画も世代によるだろう、受け止め方は。
それにしてもあの一世を風靡した赤塚不二夫にあんな低迷期は驚きだし、つげ義春と親交があったとは意外。
どうでもいいですけども、今の若い人。「つげ義春」結構シュールでいい感じだから「ねじ式」だけでも一読をオススメします。図書館によっては置いてあるところ有るから。
映画の話に戻ると
静かな映画だけれども、見やすく仕切られた穏やかな構成で、和ませる映画である。
時代背景も昭和30年代初頭から中盤の前あたりまでで、
やはり世代により感想は大きく異なるでしょう。それほど昭和は遠くになりつつある。
平成生まれ以降の若い衆だったら、映画マニア、漫画マニア、レトロ好き を除いて当然「なんですかコレ」の世界であろうし、
昭和20年代、昭和30年代生まれだったら直球ど真ん中であろうし、昭和40年代生まれもほぼ理解できる世代だろう。
そう言う私は40年代生まれ、結構楽しめた。
確かに大きな動きの少ない静かな映画だ。でもそれが当時の、パソコンもスマホもテレビも派手な出版物もない時代の時の流れに則してリアルではないだろうか。同じアパート内でもすぐに売れっ子になる者、全く芽の出ない者、堅調ではあるが徐々に確実に時代から取り残されていく主人公。
ただ、世の中皆んな貧乏でモノ不足だから、皆同じ安アパート軒の下で、いい時代ではあるよねぇ。貧相なキャベツと葱の炒め物だけの宴会も楽しそうだなぁ。
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