「西鶴+近松<溝口 最高傑作」近松物語 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
西鶴+近松<溝口 最高傑作
こんなに素晴らしい芝居を映画館で、4Kデジタル復元版で見ることができるとは!
いきなり思い出した「目病み女に風邪ひき男」という言葉!色っぽいということ。映画冒頭、朝から長谷川一夫扮する茂兵衛は咳をしていて風邪気味で手代なのに床についてる。彼を慕う女中のお玉の思いを引き立たせるためかと思った。それもあるのだろうけれど、茂兵衛がいい男であることを示すための風邪ひきなんだ!と思い至りました。
道行は歌舞伎でも文楽でも普通は芝居の幕切れか舞踊。ところがこの映画では道行そのものが核になっている。親の情けに手を合わせながらも互いを慕う絆は強まるばかり。死に一直線の逃避行だが、初めておさん(香川京子)は人として生まれたことを心から喜び幸福感に満たされる。不義密通の見せしめに、おさん茂兵衛は背中合わせに縄で縛られ裸馬に乗せられ二人の手は握りあっている。その姿を見たかつての女中たちは、おさん様のあれほど明るい顔は見たことない、茂兵衛さんも晴れ晴れとしてと言う。
琵琶湖(この風景が夢のように美しい)の舟の上で死支度をして茂兵衛「以前からおさん様をお慕いしておりました」「それを聞いて死ねのうなった」とおさん。映画史上に残る台詞だと思う。
情景に合わせてある時は太棹、ある時は細棹三味線。降る雪は大太鼓。場面を盛り上げ観客を注目させハラハラとさせるツケ。茂兵衛の父の優しさと覚悟の様子に新口村の父親が重なる。茶屋からそっと逃げる茂兵衛は、自分を追って転んだおさんの傷ついた足を抱き口づけする。これは曽根崎心中のお初の足を縁の下でいだく徳兵衛だ。この映画で長谷川一夫は職人・手代なので押さえ気味の芝居だが、所作の美しさは絶品だ。
溝口監督らしく、男のみっともなさがよく表現されていた。男は妾も囲えるし女中に手を出しても咎められない。おさんの夫は妾に家をあてがう金は出せても兄弟も妻の実家も援助せず、手代の暖簾分けすら金がかかるからなるべくしたくないというドケチな独占商人。権力者にはペコペコして世間体が何より大事。三十も年上のそんな男におさんが嫁入りしたのも実家の商家安泰のため。おさんの兄はチャラチャラとだらしない。女たちの犠牲の上に成り立つ男性社会の愚劣さを突きつける溝口監督は古典を題材にしてもぶれない。
全くの偶然の積み重なりで始まる逃避行だが、おさんは途中から自分の意志で茂兵衛を抱きしめ幸せと自由を勝ち取った。
おまけ
香川京子さんは、こうすると女らしく見えますよと長谷川一夫に色々と所作を教わったらしい。120本以上の映画に出たと言われている香川さんが一番強く印象に残っている映画はこの「近松」との言葉は何だかとても嬉しかった。