「食に纏わるエピソードの映画的光彩が放つ伊丹十三監督の演出手腕の素晴らしさ」タンポポ Gustav (グスタフ)さんの映画レビュー(感想・評価)
食に纏わるエピソードの映画的光彩が放つ伊丹十三監督の演出手腕の素晴らしさ
近年の日本食ブームが「和食」のユネスコ無形文化遺産登録に象徴されるように、日本独自の進化を遂げる食べ物が世界的に認知されています。特に庶民的でリーズナブルなラーメンは人気が高いようです。そのラーメンを始めとする日本の様々な食文化をシニカルに描いた鬼才伊丹十三監督の傑作が、35年前の今作です。前年の「お葬式」で監督デビューした伊丹十三氏については、名監督伊丹万作氏を父に持ち、「北京の55日」「ロード・ジム」など海外でも活躍する日本の俳優というほどの認識でした。ただ、これより5年前のことですが、フェデリコ・フェリーニ監督の「オーケストラ・リハーサル」ロードショー上映の三百人劇場で偶然お見かけしたことがあり、僭越ながら地味なイタリア映画も観る勉強熱心な方なのだと印象に持ちました。後に氏の経歴から、ヨーロッパ文化に造詣が深いバックグラウンドを備えた知識人と知って、今では浅薄な思い上がりと恥じています。
才人伊丹十三の第二作目。ラーメン屋再建を中心に様々な食文化のエピソードをオムニバス形式に構築した喜劇。そのセンスの良さ、異色の着眼が映画の勘どころを飲み込んでのユーモアが素晴らしい。日本の映画人で、こんな作品創れる人は他に誰もいない。ルイス・ブニュエルの「自由の幻想」に構成を真似て自由奔放に、中味はイタリア映画的庶民リアリズムの人間暴露で、全体としては各個性派俳優の絶え間ない競演と、多面的な光彩を放つ。餅をつまらせる大滝秀治の死と隣り合わせの食の危うさ。シリアスとユーモアの渾然一体では、井川比佐志のエピソードが凄い。妻の臨終に駆け付けチャーハンを作らせ、泣きながら食べる父子の姿。ヴィスコンティの「ベニスに死す」をもじる白いスーツの男役所広司の性と食の粘着したコラボレーション。牡蠣と卵の黄身の厭らしさ。そして、本筋の宮本信子を手助けする山崎努と渡辺謙のラーメンの拘り追求の面白さ。全編映画表現の粋と正確性で、多種多様な場面を食のテーマで繋げた画期的な日本映画の傑作品。こんなうまい映画を作った伊丹監督を、絶賛する。
1986年1月21日 池袋東宝
公開当時は、処女作「お葬式」ほど評価されませんでした。日本食ブームで世界的に再評価されて当時の鬱憤が少しは解消されています。