「差別と偏見に晒されたハンセン病の苦しみと悲しみを殺人事件の捜査過程で情感豊かに描いた、日本映画の特筆すべき感動作」砂の器 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
差別と偏見に晒されたハンセン病の苦しみと悲しみを殺人事件の捜査過程で情感豊かに描いた、日本映画の特筆すべき感動作
1970年代の日本映画では、山田洋次の「幸せの黄色いハンカチ」(1977年)と並ぶ感動作として記録される野村芳太郎監督の代表作。初見は初公開から5年後の飯田橋佳作座において、同じ松本清張原作の「鬼畜」(1978年)と二本立てでした。名画座通いの印象としては、いつもより混雑していて、更に高齢の観客層が目立つのに、如何にこの名作が愛されていることかと思い知らされたことです。但し先に観た「鬼畜」の無慈悲な惨酷さに衝撃を受けてからの鑑賞だった為か、作品の完成度に感心しながらも情に訴える表現に浸れずに観終えてしまい、曖昧な批評になってしまいました。拙文を承知で再録してみます。
低迷していた日本映画に、久しぶりの感銘を与える作品が登場して評判になった。今回僕の見学した名画座でも、多くの人たちが来ていた。特に年代の高い人たちが多い。それでどうしてもこれは期待して観てしまうことになった。
結局、僕の期待以上のものは無かった。もっとドラマ的に優れたものだろうと思っていたからである。殺人事件の犯人を追跡する面白さを狙った題材ではないから、他のところで構成的な工夫を凝らすのかというと、またそうでもない。何といっても、犯人和賀の恋人高木理恵子が電車の窓から紙吹雪(実際は布)を散らすシーンが甘すぎる。それでも、ベテラン刑事今西演じる丹波哲郎のいい演技があって、事件捜査の過程はテンポ良く伝わってくる。
この映画の良さは、単なる殺人事件捜査の枠では計れないところにあるようだ。それは何か。この映画の命が、ラストの三つのシーンのカットバックにあることは明白である。犯人和賀英良がまだ秀雄少年だった頃の、ハンセン病の父本浦千代吉と一緒に放浪するシーンが、なんと今西刑事の捜査説明で描かれる。この表現法があって観客は、新たな作曲家人生を始めようとする本浦英良の新曲発表の大々的な演奏会に流れる、そのピアノコンチェルト『宿命』のテーマに想いを寄せることになる。そして逮捕状発布に至る流れと和賀作曲の叙情的クライマックスが重なる映画的帰結で閉める。ストレートに情感に訴える、ある意味とても邦画的な表現だった。日本人ならば感傷的に観てしまうように創作されていた。
脚本家の橋本忍は、その本浦親子の流浪の旅をイメージ化することを強調したそうだが、これによって、映画の感動は一つに醸成されている。その為、暗い過去を持つ和賀が更なる名声を得ようとして殺人を犯してしまった真意が、彼自身から語られることはない。『宿命』の音楽で想像するしかないのである。
却って小品ながら問題の多い「鬼畜」を、映画作品として論じられるような気がする。
1979年1月22日 飯田橋佳作座
46年振りに見直して、見逃していた脚本の細部の丁寧さに感心しながら最後の演奏会の映画的なモンタージュを体感すると、漸くこの映画の良さ、延々と続くクライマックスの執拗な放浪シーンに感情移入しながら観てしまいました。理と情で言えば、情に偏り過ぎているのではないかの不満は無く、今西刑事と父千代吉の面会場面の台詞、“そんな人、知らねえ!”に、この映画が言いたかったことが集約されていて感動してしまいました。山田洋次と共作の脚本でも、これは原作に惚れ込んで映画化を叶えた橋本忍の執念も感じられる力作と再評価します。撮影川又昂の美しい映像、作曲とピアノ演奏の菅野光亮の「ピアノと管弦楽のための組局 宿命」の情感豊かなメロディの美しさも素晴らしい。
役者では今西刑事を演じた丹波哲郎の安定感が作品の内容に合致して、特に最後の逮捕状に至る説明シーンの冷静さと人情味が絡むところは魅せます。ハンセン病の千代吉を演じた加藤嘉は、この俳優以外想像できない程の成りきりの巧さ。善人を絵に描いたような三木健一の緒形拳もいい。監督に売り込んだ千代吉役を受けても、また違った千代吉像を見事に演じたと思います。(このキャスティングの不満が「鬼畜」で解消されていたなら良いのですが)主要登場人物で唯一の不満は、吉村刑事を演じた森田健作でした。特に前半部分では初見の時に大いに失望してしまい、作品全体に影響していると思いました。今回は、目を瞑りました。この役は三森署のジープを運転して今西刑事を案内した巡査役の加藤健一が適役だったでしょう。
ハンセン病の映画では、戦前の1940年に公開されキネマ旬報ベストワンになった豊田四郎の「小島の春」があります。偏見と差別にあうハンセン病患者に寄り添う教育映画的商業作品でした。戦前日本の良心を代表する映画として記憶に残っています。国立ライ療養所に勤める女医小川正子の体験記を夏川静江主演で映画化したヒューマニズム映画。「二十四の瞳」で大石先生の母役で戦後も活躍した女優さんです。