劇場公開日 1969年5月24日

「若い頭脳が集結して実験的・前衛映画に挑戦していた時代」心中天網島 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0若い頭脳が集結して実験的・前衛映画に挑戦していた時代

2024年5月26日
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鑑賞方法:VOD

悲しい

知的

文楽が好きなので、文楽開幕前の舞台裏がいきなり目に飛び込んできて胸がワクワクした。人形のかしら・衣装、黒衣に頭巾の沢山の男たち、舞台下駄を履いた人形遣い。どんな風に始まるんだろう。

治兵衛演じる二代目吉右衛門が橋を渡る場面で物語が始まる。蜆川(しじみがわ)に架かっている橋だろうか。やたら高低差がある太鼓橋なので、渡る人物は一旦画面から消えまた現れる。斬新な映像。心中ものの義太夫には「蜆川」ということばが必ず入ってる気がする。この橋は小春治兵衛の道行でまた登場する。

煙草盆や炬燵などの小道具や手拭いや衣装、天井からぶら下がっている灯りも文楽と同じ。でもセットはまるで異なる。床や壁は篠田桃紅(篠田正浩監督の従姉であると初めて知った)による書や墨画で埋め尽くされている。音楽は武満徹。太棹三味線かそれに似た音色の現代音楽。肝の箇所で入る義太夫に痺れる。

おさんと小春は岩下志麻の一人二役。小春の顔は白粉で真っ白、それは文楽の人形と同じ。でも目は違う、大きくてまん丸。どこを見ているんだろう、歌舞伎の人形振りのような顔。おさんは金壺眼、顔にはほくろが幾つもあってお歯黒している。同一人物に全く見えない。文楽でおさんは夫の前で悋気を見せない。でも岩下志麻のおさんは強烈に悋気する。そうしながらも小春を死なせては女の義理がたたないと激しく愁嘆する。小春を請け出すための金を夫に渡し、足りない分はと、箪笥の中から自分と子どもたちの着物を全部出して質屋に持って行けと夫に言う。

小春は普段は表情がないが、治兵衛との絡みでは愛欲にどっぷりまみれる。たくさんの墓石が一寸の隙間なく密集する墓場での最後の場面は特に濃厚だった。心中するとき男を急かす役回りはいつも女。男は尻込みする、迷う、泣く。吉右衛門演じる治兵衛の狂いっぷりはリアルだった。滂沱の涙を流す、情けない、女房に頭が上がらない、子どもの事を考えて気持ちが揺らぐ、決心できない。しがらみで身動きできない男。女にはしがらみがない。どんな女も生きているだけで辛いから死ぬことに恐れはない。

たくさんの黒衣が静かに頭巾越しに登場人物を私達を見つめている。行動になかなか移せずにためらい、軟弱な人間の背中を黒衣は無言で道具立てしながら、ついと押す。そして次の一歩、次の一歩へと進ませる。見えないはずの黒衣が人を動かす。こんなにエッジが効いてかっこいい映画が1969年に制作され映画会社はATG、さもありなん。すごい映画を見てしまった。

talisman
活動写真愛好家さんのコメント
2024年6月14日

この作品はレビューしてないんですが、篠田正浩監督の最高傑作だと思います‼️

活動写真愛好家