仁義なき戦い 頂上作戦のレビュー・感想・評価
全15件を表示
「蛇の頭」を切られた、若手組員という蛇の尻尾。
◯作品全体
広能たちの世代が幹部として立ち回る4作目「代理戦争」。広島抗争が激化する中で事態を収拾するのも広能たちの世代だ。しかし本作「頂上作戦」では、本編でも例えられた「蛇の頭」である広野たちが不在になり、「尻尾」側である若い力の暴走が印象に残った。
謀略と衝突、という視点では今までの作品はほとんど同じような出来事を繰り返しているシリーズだが、物語の中心となる存在が個性的で、作品ごとにその存在が区別化されているのが面白い。1作目では真っ直ぐな青年・広能の実直さを、2作目ではなにも持たない若者の悲哀を、3作目では抗争の中心で動き回るヤクザの姿を、4作目ではヤクザの斜陽と若手の暴走を中心に多くの時間を割いている。本作は若さの暴走、という意味では2作目に近いが、2作目はどちらかというと若い帰還兵の悲哀物語という側面が強かった。こうしてしっかりと差別化できているのは、登場人物に対する高い描写力があるからだと感じた。
本作でいえば、物語の中心に居るのは広能、山守、そして若手組員だ。山守の個性や山守の芝居は少し凝り固まった感はあるが、組員への態度や金への執着の描写はブレず、それでいて強面がひしめく画面のなかで異彩を放ち続けているのはさすがだ。
広能の描写もとてもよかった。組員が増え、立派な事務所を構えた広能を更に肝の座った人物として描いてもおかしくないが、打本会で銃口を突き付けられた時の驚き方やトラックに置き去りにされた時の反応が、組長・広能から逸脱していて人間味があった。
そしてなにより、本作は若手組員の描写力が素晴らしかった。若手組員とは言っても松方弘樹演じる藤田のようなメイン級ではなく、打本会の組員や広能組の組員の描写だ。彼らは登場回数が多いわけでも、セリフが多いわけでもないが、短いシーンで太く印象を残す。打本会の福田は情婦・三重子との邂逅を通して山守側の早川組と衝突する火種を作るが、「女を抱いて、腹を括る」というくだりは、今までのシリーズ作品でも繰り返しあって、悲劇を生み出す構図として活かされる。シリーズの文脈に沿って短い時間で「引き金」を作る役割として、若手の物語が効率的に使われていた。
山守を襲った打本会の組員が間違って武田の車に乗ってしまうものの、武田の「呉越同舟」という言葉で助かる、というシーンもよかった。その後に打本会のメンツでラーメンをすすり再び暴れ回るシーンは、短いシーンだったものの若手組員の日常と「男にみせる」の鋭角化の描写として素晴らしかったと思う。
広能組の組員も、今までは広能の後ろについてまわるだけだったが、ここにきて広能への忠義を示すシーンを挿れているのが良かった。広能組が出来て早々にこういったエピソードがあると逆に信頼関係が嘘くさくなる見えるが、本作はシリーズを通して一緒に居たというエビデンスがある。広能の優しさ、みたいなエピソードを強引にいれなくとも、時間を費やすことで生まれる説得力もあると感じた。
抗争の混乱と終わりの物語を主役級の力だけでなく、シリーズ通して訴えてきた「若者の犠牲」にスポットをあてて語る軸のブレなさに膝を打った本作。
キャラクターの魅力の表現も含め、一貫し衰えを見せないシリーズ作品だ。
◯カメラワークとか
・ラストの広能と武田のシーンが良かった。偉くなった二人が、薄い草鞋一枚だけになって狭い廊下で並ぶ。仁義を通してきた二人がなにも残せず去っていくような寂しい演出だった。
◯その他
・槙原とか松永とか、主要キャラがひっそりと居なくなってしまうのが寂しい。視聴者がすべてを把握できない感じが、逆にリアルだ。
ラストの真冬の刑務所の廊下で凍えながら自分たちの時代が終わったと別れるシーンは印象的
新文芸坐さんにて『十一人の賊軍』公開記念として『仁義なき戦い』全5部一挙上映。
夜9時から翌6時半までの一挙オールナイト上映もありましたが、知命を迎えて徹夜する体力もなく朝10時から夜8時まで劇場に籠城いたしました。
『仁義なき戦い 頂上作戦』(1974)
第4部、実質的な最終作。
小池朝雄氏、松方弘樹氏が別役で再登場。松方氏は3度目。
第2部で強烈なインパクトを残した大友勝利が出所、千葉真一氏に替わって宍戸錠氏が演じてますが、宍戸氏も千葉氏に負けず劣らずの熱演。
神戸から九州まで巻き込んだ組織群像劇と警察組織のヤクザ組織の解体(頂上作戦)のストーリーが壮大でダイナミックでしたね。
ラストの真冬の刑務所の廊下で菅原文太氏と小林旭氏が凍えながら自分たちの時代が終わったと別れるシーンは切なくて印象的でしたね。
うーん…
中々映画のようにはうまく激突せず…しかし、ある意味そこにリアリティがあって良い。ヤクザは市民の敵、警察国家の勝利。相変わらず山守組組長はクズで打本組長は優柔不断だけど、武田の賢さが光る一作だった。頭を使い、金を使い、相手を弱らせる、殺し合いだけの昔ながらのやり方では勝てない。誰もが戦いたくないし、戦うにも大金が必要になる。殺し合いをしても、死ぬのは下っ端の若手だけ、良い思いするのは親分衆だけと、広能が悟り、武田と刑務所で語らい、一つの時代の終焉を感じさせたところで終わる。松永はどこへ行ってしまったんだ。松方弘樹が別人として再登場はご愛嬌、顔色悪すぎる。
昭和
主要人物殆んど死んじゃったよな
当時の東映の俳優男臭くて、今こんな顔の俳優いないもんな
文太や旭、辰兄い、松方みんな格好いいんだけど、悪役の金子信雄や打本役の加藤武が上手い
一瞬出てくる夏八木勲も最高
【”もう、わしらの時代は終わりじゃ・・”何ら実りなき抗争の終焉を描いた作品。但し、暴力の種は決して尽きた訳ではない・・。】
ー 舞台は、昭和38年。東京オリンピック開催が決まり、高度経済成長が続く中、市民及びメディアの、暴力団に対する糾弾の声は日増しに増していた・・。ー
◆感想
・第一作の、ある意味、広能(菅原文太)達、暴力と策謀に生きる人々をヒロイックに描いていたトーンは後退し、反社会的存在の彼らの姿を、シビアな視点で描いた作品である。
・仁義ありき暴力の虚しさ、暴力団組織の一番の被害者は、一般市民及び組織の末端の所属する者達である、という前作からのトーンを、色濃く映し出した作品。
<刑務所に収監された広能と、広能組と対立していた山守組若頭の武田(小林旭)が、粉雪が舞う外界の景色の中、お互いの刑期を語るシーン。
山守組組長(金子信雄)が、自分達より短い刑期と言う事を語り合い、雪が入り込む中、雪駄で、お互いを慰労する姿。
今作で、終了予定だった今シリーズは、更に最終章に移っていくのである。>
これで終わらなかった
暴力団の抗争が民間人にも及び、新聞に徹底的に叩かれ、県警が一斉検挙に乗り出す。
終盤の広能(菅原文太)と武田(小林旭)の話で終わりかと思った、が・・・。
菅原文太のかっこよさ
以外にはあまり見るところがない。一作目のパワーは無く、行き当たりばったりのガチャガチャ撮影と考えの足りない脚本で深作監督の名折れのような作品。同じ年にゴッドファーザー2が公開されているが、あらゆる点で両作品には差がある。この開きこそが洋画と邦画の実力の差として今でも変わらない。
日本最大の暴力抗争、虚しきフィナーレ
"仁義なき戦い" シリーズ第4作。
Blu-rayで2回目の鑑賞。
原作は未読です。
第二次広島抗争ついに決着。高度経済成長が最高潮を迎える中、安定した秩序を求める世論が広島やくざを追い詰め、広島県警の威信を懸けた頂上作戦が齎したものとは…
いつ果てるとも知らない男たちの暴力衝動は、戦後世代の若者たちが燃やすギラついた青春の荒々しさも加わり、さらなる激烈さをもってついに頂点を迎えました。
街中で繰り広げられる流血事件。今までは巻き込まれるしかなかった市民の怒りも沸点に達し、物語は新たな局面を迎えつつ激烈なラストへ加速していきました。
移り行く時代の流れは、容赦無くやくざたちに降りかかって来ました。暴力が幅を利かせる時代が終わりを告げようとしている中、最後の花を咲かせるかの如く抗争は激化していく。
脚本の笠原和夫氏は本作を最終作と位置づけていたため、終局に向けて膨大な出来事が詰め込まれ、且つスピーディーに物語が編まれていきました。さながらジェットコースター!
世情の移り変わりの波に呑み込まれた挙句、やくざたちの仁義なき謀略と暴力に彩られた戦後裏面史は、誠に呆気無い結末を迎え、なんら実りの無いまま幕引きとなりました。
「間尺に合わん仕事をしたのぅ」。雪が降り込む寒々しい裁判所の廊下で交わされる広能と武田の会話は総括的な意味合いが籠められていて心に響き、そして刺さりました。
[以降の鑑賞記録]
2021/01/08:Blu-ray
※修正(2023/10/29)
全15件を表示