劇場公開日 1962年11月18日

「軍艦マーチのシークエンス」秋刀魚の味(1962) よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

3.0軍艦マーチのシークエンス

2015年3月27日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

悲しい

楽しい

 元駆逐艦の艦長である笠智衆が、当時の乗組員だった加東大介とバーへ行くシークエンス。この部分は映画の本筋とは直接関係のない話であるのに、わざわざ挿入されたのはなぜだろう。
 軍艦マーチに合わせて敬礼をする加東に応えて、笠とバーのマダムの岸田今日子が掌を顔にかざす。この時の岸田の表情のなんと可愛らしいことか。控えめに微笑みながら頭を左右に揺らす彼女からは、後年のおどろおどろしい役柄にぴたりとはまる女優を想像することはできない。
 そして、敬礼をしながら行進を始める加東のコミカルな姿は、どこまでが冗談で、どれくらい真面目なのか見当がつかない。この人の芝居にどこまで本気で付き合えばいいのか分からない状況を観客はしばし楽しむことができる。こうした演技はこの人をおいて他に出来ないだろう。主役の笠ももちろんだが、加東もオンリー・ワンの俳優だ。
 考えてみれば、他にも代替えのきかない俳優が何人も出ている。中村伸郎だって、あの冷めた毒舌と下ネタで友情を温め合う芝居など他にできるものがいるだろうか。杉村春子だって、あの行かず後家の品格を保ったやさぐれ感を他のどの女優が出せるというのか。
 しかし、このシークエンスで重要なのは加東や岸田の魅力ではない。彼らの仕事の素晴らしい出来映えとは本来関係のないところにこのシークエンスの意味がある。
 笠と加東が「もしも戦争に勝っていたら」という話をする。もし日本がアメリカとの戦争に勝っていたら、今頃はニュー・ヨークにいるかも知れないと夢想する加東に対して、負けてよかったのではないかと応じる笠の会話。
 下らない連中が威張り散らすことがなくなっただけ、戦争に負けて良かったのではないか。
 これがこの二人の結論であった。
 戦争を経験してきた者たちのこれが感想なのだろう。家が焼けた、食べ物に不自由をした。そんなことよりも、バカが大威張りだったことのほうが嫌な思い出だったのである。
 だからこそ、お道化て軍艦マーチのリズムに乗ることができるのだ。あれを偉そうに押し付けた者たちを茶化すことで、嫌な思い出を笑い飛ばしたいのだ。
 遺作となった小津安二郎監督はどうしてこのような戦争への回顧を映画に差し挟んだのだろうか。きっと鉄筋コンクリートの団地で核家族という物語を始めた人々に、憶えておいてほしかったのだろう。

 それにしても、ゴルフの練習をする佐多啓二のフォームはきれいだった。実生活でもかなりやり込んでいたんだろう。

佐分 利信