「スカートの裾を摘んでおじぎするのが夢。」櫻の園(1990) Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
スカートの裾を摘んでおじぎするのが夢。
少女漫画らしからぬハードボイルドなアクション作品を発表している吉田秋生は、本作の原作である『櫻の園』や、及川中監督で映画化された『ラヴァーズ・キス』など、胸キュンな青春漫画の名手でもある。創立記念式典に毎年チェーホフの「桜の園」を上演する女子高の演劇部員たちの心の機微を情感豊かに綴った秀作を、見事に映像化し青春映画の傑作とした中原監督の手腕に舌を巻く。携帯電話もインターネットもなく、ギャルもいない時代。名門女子高では、タバコを吸っただけ、パーマをかけただけで大問題となる時代。バックに流れるショパンの前奏曲のように、ゆったりと流れる時間の心地良さ。しかしその心地良さを感じるのは観ている我々だけであり、少女たちは決して立ち止まってはいない、彼女たちの心は様々に揺れ動き、時に疾走している。”少女”から”女”になることへの憧れと、それとは相反する強い拒否反応。同年代の男子よりずっと早く”成長”してしまう彼女たちの焦りと恥ずかしさに胸がキュンとなる。この胸の痛みは、この少女たちと同じことを自分も考えていたことの懐かしさと、2度とその時代へは戻れないと思う切なさ。大人になるためには、どれほど沢山のものを捨てなければならないのか。キャストには当時ほぼ無名の少女たちが起用され、等身大の高校生を瑞々しく演じている。達者な演技とはいえないが、そこがかえって初々しい。「桜の園」の上演開始までの時間を様々に過ごす彼女たちの姿が微笑ましくも切ない。演劇部の物語だが、劇中劇を登場させなかったことも効果的だ。開演のベルがなり、何かをふっきったかに見える彼女たちが、明るい照明の舞台へ踏み出すラストカットは爽やかだ。それは大人への第一歩なのかもしれない、そこに少しの”希望”が見え、爽やかな後味となっている。