「「あんたが死にさえすればうまくいくんや」」月光の囁き いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
「あんたが死にさえすればうまくいくんや」
讃岐弁 最近では映画『福田村事件』でもクローズアップされていたが、今作でもその方言は充分活かされている 関西弁のようでいて、でも独特の安心感とほっこり感 モッサリ感が人を包み込む優しい音色である
原作は未読だが、作者喜国雅彦の4コマ漫画『傷だらけの天使たち』はガッツリ直撃世代である 確か20代前の浪人時代の鬱屈とした生活での何気ない一コマだった 其処は彼となく漂うSMの匂い 当時は単なるギャグ漫画として大いに愉しませて貰った
今作の監督最新作『春画先生』の予習として観賞した そして今作自体の予習はしていないので、まさか原作者名が表われたのも偶然である
原作者の深いことは不明だし、そもそも原作未読なので、この作品がどこまで原作に忠実なのかは全く以て不明だ 今作のみの感想と言うことで記載しようと思う
【MがSを育てる】 加虐と被虐、それぞれの性的好奇心の発露というのは全く以て解明されていない 尤もらしいモチベーションはまことしやかに表明されているが、当事者に於いてでさえそれを論理的に説明出来ない故、遺伝子や幼稚期の原体験等に矛を収める事で溜飲するのが関の山だろう それ程、性癖というのは他人には理解不能であり、カミングアウト等は幾重ものハードルであり、始めから諦観しているだろうから敢えて解って欲しいとは思わない それを愛情と覚悟で以て強引に相手を引き摺り込む過程、そして翻弄され精神を崩壊するヒロインという希有なシナリオを作り上げた制作陣
自分への愛情が自分の世界観の外で繰広げられている現実を、受け止められずに、でも狭い田舎が舞台故決して逃れられない"ホラー"がたっぷりと集約されていることに今作の白眉が感じられる 自分の欲望を相手に押しつける事は暴力 でもそれが精神と肉体とに分離された場合、人はどう変化するのか? 壮大な実験が今作では否応なしに観客に突きつけられ、映像の暴力として脳内を刺激し続ける 愛情と性癖のマリアージュがどれだけの罪深さなのかを本作は語っているように思われるのは、自分も又単なる"変態"なのかも知れない
Mの存在自体消し去りたいヒロイン、そして苦しめている事に苛む主人公自ら存在を消したいと願う、その結果は儚くも"生き続ける"という運命に帰着する 殺したい女と死にたい男がいつまでも生(性)を享受するとき、その結末は徒花となって輝くという皮肉・・・
ほんとに馬鹿馬鹿しく、ほんとに永遠である・・・
なんにでも没頭できない自分は人生の劣等生なんだと改めて思い知らされた作品であった
原作を読んだが、此方の方がスッキリ解り易い内容だった 確かに中学生という年齢設定は余りにも刺激が強すぎだろうから、映画作品では高校生に変更したのだろう それとラストのシナリオは改変されている 映画では海に行こうという話になるのだが、原作はもう一転がり起きる 確かにもう性癖のオンパレードになってしまうのでゲンナリする人は受け付けないだろう 但し、ドンドン追い詰められるヒロインが、どこかでメンタルをやられ、もうその方向性しか進めないという結果になるシナリオに対して、原作では、その性癖のアプローチの進化が、その性癖ではない人でも納得出来るプロセスを経ていることに怖ろしくなる 視姦をさせるヒロインが、もう観て貰わないと感じられなくなる件や、その延長線上の複数プレイに嬉々として堕落してしまう事等、そもそも二人が真面目で堅物だったということが、エスカレートしてしまった要因の背景であることを原作では、ヒロインの姉の説明台詞があって読者は理解可能となる そういえば、何故にこの題名になったのかは、『月』という自らは光ることが出来ない星が、太陽の輝きがあって初めて反射して地球へ見せることができる そして地球から観た太陽と月はそれ程大きさの違いは極端ではない そういう世界もあるんだということを映画ではあまり語られていない事が片○落ちだったのではないだろうか?
少年の極端な偏りの愛情が少女を変えていくというストーリーテリングは、しかし、原作ではそれ以上のサイコ的要素(テレパシー)も取り込んで、寄りサイキックダークファンタジーとして成立していたので、その辺りまで描けていたら良かった