劇場公開日 1978年10月7日

「名優緒形拳の名演による男の未熟さを徹底的に突き詰めた社会派映画の傑作」鬼畜 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0名優緒形拳の名演による男の未熟さを徹底的に突き詰めた社会派映画の傑作

2021年11月16日
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鑑賞方法:映画館、TV地上波

原作は昭和32年に起こった事件を基に松本清張が書き下ろした短編小説。映画では、その時代設定を現代に変えているが、内容的には差し支えないものだった。既婚の男が経済力で女性関係を自由奔放にするのは、いつの時代にもあるし、多くの小説や映画の題材になっている通俗的で普遍的なものだからだ。ただこの映画の主人公は、妻を裏切る形で外に愛人を作り子供まで儲けている。しかも本妻には子供が居ない。この場合だと、その秘密を隠し通せるか否かで状況は一変する。男の甲斐性なしが許されるのは、妻と愛人の双方が納得した特殊な場合だけで、そこに至るまでは修羅場が続くだろうし、男と女と言う以前に人間が出来ていないと、絶対無理である。
事件は、主人公が自営業として成功させてきた印刷工場が火事に遭い、同時に大印刷店の攻勢で商売が思わしく無くなって始まる。生活費を貰えなくなった愛人の行動から、誰もが予想できない最悪の結果を生む悲劇が展開する。そこに人間の怖さや愚かさ、愛情を失った人間の醜さが描かれ、強烈な印象を残す作品となった。

愛人菊代が子供3人を連れて主人公宗吉の本宅に押し掛ける場面の、大人3人のエゴイズムがぶつかるところが凄い。本妻と妾の間に立たされた亭主の立場の無さを演じる緒形拳の演技が兎に角素晴らしい。善人めいた立ち居振る舞いがユーモラスに見える緒形拳の演技は、このシーンを限りなくリアリティーのあるものにしている。この名優のなせる絶妙な演技に対して、妻梅の岩下志麻の怒りが抑えきれず理性を捨てた異様なまでの表情も凄い。殺意のある視線を子供に向ける不気味さ。女優としての芯の強さを、このような演技で発揮できる機会はそうそうないであろうが、この緒形拳とのバランスは見事である。子供を棄てる形で宗吉に復讐を果たす小川真由美の演技も堅実だ。母親の愛情をいとも簡単に超えた女の復讐により、宗吉が追い詰められる流れは説得力がある。突然他人の子供を預けられた妻梅の心情を思えば、冷酷にならざるを得ない立場にした夫宗吉が全ての責任となり、結局は父親としての宗吉のその後の行動が悲劇を回避する唯一残されたものであったはずなのだが。
末っ子の庄二が栄養失調で亡くなるのは、原作の食糧難の時代背景が影響しているという。その為曖昧な表現になったのは、この脚色の唯一のミス。それ以外は、人間失格の宗吉の惨めな行為を的確に描写していく。野村芳太郎の演出も迷いがなく、ラストの利一の台詞まで、作品が抱える問題提起に丁寧かつ真正面から対峙していて好感持てる。大人になれなかった大人とそれを知った子供を対比した日本映画の新しい切り口を持った社会派映画の傑作であった。脚本井出正人、監督野村芳太郎、主演緒形拳、岩下志麻其々の力量の証しに感服する。

  1979年 1月22日  飯田橋佳作座

Gustav