「一晩過ごしただけの娼婦の人生に比べて主人公の人生が見つめられていない」飢餓海峡 Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)
一晩過ごしただけの娼婦の人生に比べて主人公の人生が見つめられていない
総合70点 ( ストーリー:65点|キャスト:75点|演出:70点|ビジュアル:60点|音楽:60点 )
前半の事件の後で、左幸子演じる娼婦の杉戸八重がやたらと尺をとる。まるで主人公が一晩過ごしただけの八重が実は主役なのかと思うほどに長い時間登場する。貧困に苦しみながらも明るく純に生きる八重についてはよくわかったし演技も良かったし観ていて思い入れが深くなったが、こんな脇役の人の人生ばかり追いかけていったいどうしたのかと途中までは思った。
それなのにその間は三國連太郎演じる主人公の犬飼或いは樽見はさっぱり登場しないのだ。結局最後まで主人公の正確な過去も若い頃に彼が人格形成を成すどんな経験をしたのかもわからず調査で示唆されるだけで、だから彼の本当の人物像に迫れていない。そんな彼が犯罪の容疑をかけられ、北海道の昔の事件のことを持ち出されても、視聴者としては真実を推理したり想像するための判断材料が少ないし、彼の人となりについてもわかりにくいままに残されてしまう。一番重要で一番掘り下げるべき人物は誰なのか、それをしないままに事件のことを追及しても中途半端。証拠が無いままに事件のことを遡るのだから、最初から事件の真実を明かす謎解きが作品の目的ではないはずなので、それならばもっと主人公の人物像に迫るべきなのではないか。設定や主題は面白いのだが、長い作品の割りに主人公のことを理解出来ない構成には不満が残る。
物語の一つの中心となる、樽見は北海道の事件に自ら関わっていたのかという疑問について。最初から見直してみると、確かに質屋から飛び出してきたのは木島と沼田の二人だけであって、質屋の事件では彼は首謀者ではないかもしれないし、意図せずに巻き込まれたというのはありうる。だが樽見は取調べの告白の中で、汽車の中で事件に巻き込まれたことに気がついたと言っているが、汽車に乗る前に「顔を見られてはまずい」と言って切符を買いに行かされている。そこで顔を見られてはまずい何かがあったことを当然知っていたはずだから、取調室で言った、汽車の中で事件に巻き込まれたことに気がついたというのは嘘だ。
しかも自分の過去を暴かれまいとして八重を殺し心中事件を偽装し、北海道に行くためにも嘘をついた。そのことだけでも彼は平気で嘘をつけるというのがわかるし、自分のことだけを守ろうとする自己中心的な人物だ。だから最初は成り行きで事件に関わったのだとしても、津軽海峡で二人を始末した可能性は十分にある。もちろん、真実はわからない。だがかつて樽見の命運を左右した津軽海峡でわざわざ彼は死を選んだ。まるで自分の運命を決した原点の場所に戻るかのように。