「大ヒット横溝映画2作に挟まれた悲しい乱歩映画」江戸川乱歩の陰獣 jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
大ヒット横溝映画2作に挟まれた悲しい乱歩映画
変態性欲を題材に取り込んだ小説「陰獣」は、それまでの自分の作風、作品から脱却すべく、14ヶ月の断筆と放浪の末に34歳の乱歩が発表した小説であり、雑誌はバカ売れ、これにより乱歩は華々しい復活を遂げたとのことです。戦前の探偵小説の新時代を築いたとして高く評価されている一作です。
小説の主人公、寒川光一郎は本格探偵小説作家であり、ライバルの謎多き怪奇趣味探偵小説家、大江春泥をこき下ろします。この「大江春泥」というキャラは乱歩自身をモデルしており、これは自虐的なセルフパロディとなっています。
この本格派代表、理性代表のような寒川が闇落ちしていく様が、小説の醍醐味になっており、エログロ通俗探偵小説家の本格派への意趣返しとなっています。
人気のない帝国博物館の仏像の前で寒川が小山田静子と出会うシーン。作家のくせにうぶな寒川は一瞬にして静子の術中に落ちてしまいます。自分のファンであるという美人人妻静子にどんどん深入りしてしまい、SM趣味にどっぷり浸かり、逢引のための家まで借りてしまう始末。
この小説のもっともいい点は、はラストがオープンエンディングになっているところです。
① 静子は夫殺しを寒川に見破られたために自殺した(大江春泥=静子)
② 夫を殺してはいないが、愛する寒川に疑われ、捨てられたために自殺した
状況証拠しかないため、殺人と事故死のどちらとも解釈が可能となっています。静子が何も語らずに自殺してしまったために、静子を殺人者と決めつけ断罪してしまった寒川自身が永遠に苦しめられる構図となりました。もしかしたら本当に自分を愛してくれていた女性を自分が死に追いやってしまったのではないかと。
すべてが静子の計算ずくだったのか、それとも愛した男に捨てられ身を投げただけなのか。せつなくもあり恐ろしくもある、女性の底知れなさを思わせる深い味わいの終わり方でした。
そして、小説の発表から49年、乱歩の死後12年たった1977年、この映画が公開されます。それに先立つ1976年10月16日、角川映画の第一弾となった「犬神家の一族」(角川春樹事務所製作、東宝配給、市川崑監督)が公開され、興行収入15億5900万円(1976年邦画配給収入2位)の大ヒット!それを見た松竹はミステリーブームに乗っかろうと、1977年6月18日、「江戸川乱歩の陰獣」(松竹配給、加藤泰監督)を公開するも見事にコケる。
乱歩がダメならやっぱり横溝と、1977年9月23日「八つ墓村」(松竹配給、野村芳太郎監督)を公開し、19億8600万円(1977年邦画配給収入3位)の大々ヒット!「犬神家の一族」「八つ墓村」という映画史に残る大ヒット横溝映画の2作に挟まれた、悲しい乱歩映画、それが本作です…。
なぜコケたのか。
まず、本作は横溝作品のようなスケールの大きな伝奇的要素がゼロです。原作小説の主要登場人物は寒川、小山田夫妻、その他4人、端役含め、合計7人ぐらいとこじんまり。さすがに映画では怪しげな登場人物を何人も増やしてはいますが、思わせぶりな顔をさせるだけでまったく機能していません。さらにほとんどすべてが室内の会話劇で成り立っており、アクションシーンもありません。八つ墓村の山崎努の32人殺しのような壮絶なシーンもありません。
アクションシーンがない代わりにエロシーンがあるわけですが、いきなりムチ渡されて「hit me!」言われてもちょっとついて行けません。SMだからムチでしばけばいいっていうのは安直すぎないでしょうか。映画の冒頭で寒川が酔っ払った女性カメラマンから「あんたの小説は女が描けていない!恋愛したことないんじゃないの!?」とダメ出しされてますが、あれはもしや監督の自虐だったのでは。監督も自分には女性の心理は描けないと分かっていたのでは。役者は裸になって熱演していますが、残念ながら男女の心の機微は全く描けていません。
静子の夫は出張先のロンドンで若い英国人女性ヘレンにSMを仕込まれ、ヘレンを伴って日本に戻り、密会を重ねている。さらに妻静子にもSMを仕込んでいる。映画はなんともヘンテコな設定を盛り込んでいます。本来は「陰獣」としてバケモノであるべき静子の夫が、ただのいいおっちゃんになってしまっています。
小説ではオープンエンディングでしたが映画は静子が夫を含め3人殺しの犯罪者と明示します。逢引用の家も寒川ではなく静子が借りています。寒川はギリ闇落ちしない理性的善人、静子は悪人と役割分担が明確ですので何の余韻も残りません。殺しの動機もぼんやりしていて切羽詰まったものはなさそう。そもそも心理劇的小説を映画化すること自体が、無謀だったのかも知れません。
脚本はダメでしたが、独特のカットやアングル、表情の陰影を強調する照明、シンセを使った不穏な音楽などはいい雰囲気を出しています。出ずっぱりの香山美子の身体を張った演技、善悪で割り切れぬ存在感、あおい輝彦のうぶ野郎演技、二人の熱演っぷりに頭が下がります。