劇場公開日 1955年1月15日

「日本映画オールタイムベスト第3位。」浮雲 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5日本映画オールタイムベスト第3位。

2022年8月19日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

成瀬巳喜男監督の戦後の日本映画を代表する作品。
林芙美子の原作。
大変な波瀾万丈の恋愛映画である。
仏領インドシナ(現在のベトナム)に始まり、東京、
そして日本の南の果ての屋久島へと転々と舞台が
移る。
戦後最大の流行作家・林芙美子のストーリーテリングは、
悲劇を喜劇のようにアップダウンさせて、
人間の好奇心を痛く刺激する。

これでもか、これでもか、女を不幸のドン底に突き落とす。

《ストーリー》
戦時中の1943年、農林省のタイピストとしてインドシナに
渡ったゆき子(高峰秀子)は、農林省の技師・富岡(森雅之)と出会う。
冨岡は妻帯者と知りながらも2人は恋仲になる。
冨岡は妻と離婚すると約束するが、戦後東京に戻ったゆき子が、
冨岡宅を訪ねると、妻が応対。
妻とは別れていないと分かる。
失意のゆき子は米兵の情婦になる。
しかし冨岡と再会したゆき子は、またも簡単によりを戻す。
妊娠したゆき子はかつて貞操を奪われた義兄(伊藤雄之助)から、
金を借りて中絶をする。
冨岡とゆき子の腐れ縁。
側から見ると、賢い上に生活力もあるゆき子が、
女にダラシない富岡に
何故惹かれるのか?とても不思議に思う。
観客は馬鹿なゆき子に、ヤキモキして、
同情したり怒ったり忙しい。
これが流行作家と映画監督の手練手管か。

大体に冨岡は妻の葬式代を愛人に借りるような男。
ちょっと子綺麗な女(岡田茉莉子)を見ると、眼が爛々と輝く。
そんな身持ちの悪い男(森)を忘れられない女・ゆき子。

この「浮雲」は日本映画を代表する映画だという。
(日本映画のベストテンの上位に必ず入っている)

高峰秀子さんは、週刊朝日に連載していた「わたしの渡世日記」を読んでいたのと、
2010年没ですので、それなりに知っています。
(本当に賢い信念の人という印象)
成瀬巳喜男監督は殆ど知らず、この映画で作品を初めて観ました。
森雅之も生存中は殆ど知らず、最近観た「羅生門」の武家、「白痴」の主役。
今作と幅広い役を演じる演技派ですね。

戦前戦後の世相も珍しい。
ゆき子の元軍人の義兄は「踊る宗教」を主宰してボロ儲けをしている。
(踊る宗教?って何?
………………これ、本当にあったらしい)
森雅之はゲスな上に、付き合う女が3人とも不幸になる・・・
という凶運の持ち主。
なんと夫(金子信雄)を捨てて森を追って上京した岡田茉莉子は
金子信雄に嫉妬から刺殺されてしまう。
森雅之の妻は病死する。
ゆき子(高嶺)も、また・・・。
…………肺結核に罹患します…………
そして屋久島ではもう起き上がることも出来ず、
病いに臥せってしまう。

屋久島は雨の多い事では有数の土地。
寝床の外はウンザリする程の、雨また雨。

原作者の林芙美子について触れます。
芙美子は行動力のある女性で、戦時中にはボルネオや中国へ慰問に行くやら、
パリ留学するやら、ロンドン滞在歴もあるのです。

男と女の腐れ縁をただただ追っている本作品。
なぜか微妙に面白いのです。
演歌の世界の暗い情念・・・と同じに惹かれるのでしょうか。
日本人の私小説のルーツでしょうか。

《花の命は短くて苦しきことのみ多かりき》
林芙美子が好んだこの言葉。
映画のラストに大きく書かれて、終わります。
自分を「花」に喩える度胸。
大した女性です。

ゆき子も林芙美子も、花の命は短かったです。

林芙美子のこの原作。
芸術性もヘッタクレもあったもんじゃないです。

林芙美子は大変な流行作家で仕事を抱え込みすぎて、
働き過ぎ・・・過労で亡くなったようなものです。

ウィキペディアを読むと実生活の森雅之も
大変な女たらし・・だったらしい。

当時の庶民の楽しみが林芙美子のリアルな小説。

翻って考えても、なぜこの映画が凄い名作なのだろうか!?

ゆき子の男運の悪さ、
こんな男を愛さなければ・・・
理性で解決出来ない男女の仲。
確かに面白いけれど、
日本映画を代表する一本・・・
そう言われるとちょっと首を傾げてしまいますね。

琥珀糖
とみいじょんさんのコメント
2023年8月18日

>共感とコメントをありがとうございました。

「男と女の腐れ縁。
でも高峰秀子も森雅之も、本当に相手を必要としていたのでしょうね。」

>脚本家は「体の愛称が良かったんでしょう」とコメントしたと、どこかで読みました。
 ”熱愛”でもないのに、切れない関係。男女の関係は傍からはなんとも言えないですね。損得でもない、相手を尊重しているのでもない、でも、誰しもが心の奥底に持っている関係なのかもしれません。それに身を任すか、建設的な生活をするかは別にして。
 物語にしてしまえばこんなどうしようもないその辺によく転がっている話ですが、”表現”としては最高峰だと思います。

とみいじょん