劇場公開日 2007年9月1日

デス・プルーフ in グラインドハウス : 映画評論・批評

2007年8月21日更新

2007年9月1日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズ、みゆき座にてロードショー

よし、それで行け、タランティーノ

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ベイブとブレット。韻を踏めばこうなる。おねえちゃんと銃弾。言い直せばわかりやすい。どちらも楽しいゴミ映画の必需品だ。

クエンティン・タランティーノも、「ふたつのB」が大好きだ。加えていえば、もうひとつのBことブルシット(与太)にも眼がない。ベイブとブレットとブルシット。アホで楽しそうな並びではないか。この3Bが跳梁する映画が現れると、かならずだれかが眉をひそめる。他方ではもちろん、大喜びする連中がいる。笑えるバランスだ。罪深い快楽、などと殊勝な口を利くことはない。映画とは本来、無責任であってもかまわないものなのだ。ただし、ヘボは困る。退屈や鈍重も困る。要するに、面白くて冴えていれば、世間に対する責任などは取らなくてもよい。

「デス・プルーフ」のタランティーノは、この原則に従って映画を撮っている。スタントマン・マイク(カート・ラッセル)という連続殺人鬼を暴走させ(今回は車が銃弾の代わりだ)、おねえちゃんたちの素足と尻(ブニュエル同様、タランティーノは素足フェチだ)を執拗に接写していたかと思うと、後半は一転、「ファスタープッシーキャット・キル!キル!」も顔負けの事態が展開する。大胆な転調だ。制度や習慣を2度3度とひねり、細部を入念に築いた上で、タランティーノは自身の体質を解き放っている。よし、それで行け。体質に居直ったというよりも、探していた体質の着地点を彼は再発見した、というべきだろう。

芝山幹郎

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